フリーラジカルがあらゆる病気の原因
筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、癌、関節炎、糖尿病、心疾患と多くの病気の発病は遺伝子がかかわっている[1p256,p257]。ただし、たとえ原因となる遺伝子をもっていたとしても、そのスイッチが入って活動しなければ、発病はしない[1p256]。そして、疾患のきっかけとなる遺伝子を活性化する最大の元凶がフリーラジカルであることがわかってきた[1p246,p257]。
電子はふたつずつのペアになっている限りは安定しているが、ペアがいないとむやみやたらと他の電子と結合したがる[1p154,2p162]。新たな相手を求めてなんとても結合したがる電子を持つ分子をフリーラジカルと呼ぶ[1p155,2p162]。
最も悪質なのがハイドロオキシラジカル、スーパーオキサイドラジカルで[1p155,2p162]、過酸化水素等、一重項目酸素も電子の配列が不安定なためにフリーラジカルを生成させやすい。この4種類を「活性酸素」と呼ぶ[2p162]。その言葉どおり、いずれも酸素から生じる[1p155]。
カリフォルニア大学バークリー校のブルース・エイムス(Bruce Nathan Ames,1928〜2024年)教授によれば、ひとつの細胞のDNAには、1日に約1万個ものフリーラジカルが攻撃を受けているという[3p249]。フリーラジカルを避けることはできない。呼吸をするだけで自然に作られるし、タバコの煙、大気汚染、水や食品に含まれる有害な化学物質、高脂肪の食品からもフリーラジカルは体内に取り込まれる[3p246]。
もちろん、フリーラジカルは悪いモノではない。体内に侵入してきたバクテリアやウイルスを駆逐するためにも使われている[3p246]。そして、フリーラジカルから受けたダメージの99%は抗酸化物質によって修復できる[3p249]。フリーラジカルは放置しておくと、たとえ癌にならないにしても細胞の機能を低下させる[1p172]。だから、酸素が届かない土中に棲息するバクテリアを除いて[1p158]、ヒトを含めて地上にいるすべての生物はフリーラジカルから身を守る酵素、SOD(スーパーオキシド・ジスムターゼ)を持つ[1p157]。SODは、フリーラジカルの攻撃を受け止めてこれを安定して無害な形に変える[1p170]。
けれども、不幸なことに加齢とともにフリーラジカルの生成量は増加する。一方で、25歳をすぎたことから体内での抗酸化物質の量は減る[3p253]。修復の手がまわらなかったダメージが長年蓄積をされて細胞の機能を損なわせる。臓器全体も機能不全に陥っていく[3p249]。これが、これが長年にわたって蓄積されると、老化のプロセスを加速させる。そして、心臓病、癌、糖尿病、関節炎、変性脳疾患等のあらゆる慢性病の元凶だとされている[3p246,3p249]。
脂肪が酸化して細胞膜が機能不全に陥る
こうした活性酸素のターゲットとして一番ダメージを受けやすいのが、細胞膜等の膜組織にビッシリと詰まっている不飽和脂肪酸だ[1p158,2p164]。飽和脂肪酸は炭素と水素とが規則正しく並んで強くつながっているので反応性に乏しいのに対して、不飽和脂肪酸は二重結合を持つために炭素と水素とがつながる力が比較的弱い場所がある。ここが活性酸素の狙い目となってしまう[2p164]。とりわけ、紫外線等を浴びると不飽和脂肪酸は活性化して活性酸素があれば直ちに結びつく[1p158]。
では、細胞がどのようなステップを踏んでフリーラジカルのダメージを受けるのかをみてみよう。細胞が健康を維持するうえで絶対に欠かせないものが二つある。血液を媒体とした輸送システムと細胞膜の維持だ。けれども、この細胞膜の不飽和脂肪酸のひとつが活性酸素のダメージを受けたとしよう[1p160,1p163,2p164]。安定した水素を奪われているために脂肪酸そのものがフリーラジカル(脂肪酸ラジカル)となってしまい、隣接する不飽和脂肪酸を襲って水素を奪いとるから、雪崩式に酸化さて連鎖は反応のように広がっていく[1p160,1p163,2p164,3p248,4p73]。脂肪酸ラジカルは、隣の脂肪酸から水素をもぎ取って酸素と結びつく。こうしてできた不飽和脂肪酸はもはや元には戻れず[2p164]、まるで焼け焦げのように「過酸化脂質」として安定する。平たくいうと酸化した脂肪、腐敗した脂肪だ[1p158,2p165,3p251]。過酸化脂質が他の分子と反応したり分解すると二次酸化物が生成される。古くなった肉や魚から腐敗臭がするのはこのためだ。もちろん、食べると食中毒や胃腸障害を引き起こす[2p165]。
要するに、人体で一番不飽和脂肪酸が多く存在する場所は細胞膜だから、そこが最も酸化脂質ができやすい[1p159]。すると、ブドウ等の輸送、カルシウムの細胞外への放出といった細胞膜が本来果たすべき機能が果たせなくなる[3p248,3p251]。カルシウム濃度が高まると有害なグルタミン酸が活性化され、さらに多くのフリーラジカルが発生し、毒として働くアラキドン酸も活性化させる[3p251]。過酸化脂質はタンパク質まで変性させて役立たずにするし[1p161,1p163]、ミトコンドリアや核等の細胞内の成分もダメージを与え、細胞の機能を低下させ[1p163,3p247]、DNAを破壊して細胞に恒久的なダメージを与える[3p246,3p249]。ダメージを受けたミトコンドリアは自殺タンパク質に命令を下し[3p251]、ダメージを受けた細胞はアポトーシスとして自殺する[3p248]。細胞内にあるリゾソームが自然と潰れて酵素が流出。細胞を消滅させる仕掛けができている。だから、フリーラジカルがリゾソームの膜にダメージを与え、内包されている酵素の漏洩を引き起こせば、細胞全体が死ぬことになる[1p164]。実際にアルツハイマー病ではこのアポトーシスが起きている[3p248]。
また、酸化LDLコレステロールも有害なためにマクロファージが食べて分解するのだが、分解された脂肪が血管内に蓄積し[3p251]、血管を硬くし最終的には血管を詰ませて塞ぐ[3p251,4p73]。
癌もフリーラジカルによって引き起こされる
ミトコンドリアの内膜ではブドウ糖の燃焼という発電作業がなされているが、この部分に不飽和脂肪酸が豊富に含まれているため、フリーラジカルの攻撃に対して非常にもろい[1p164]。正常な細胞はクエン酸回路を通じてブドウ糖を完全燃焼させ38個のATPを獲得している。酸素がない状況ではブドウ糖はクエン酸サイクルに入り込めず最終的には乳糖となって、ATPが二つしか作られない。これがブドウ糖の不完全燃焼だ。けれども、癌細胞は酸素がある状態であっても常にいくらかのエネルギーをブドウ糖の不完全燃焼から得ている。この事実から、1931年にノーベル医学・生理学賞を受賞したオットー・ワールブルグ(Otto Heinrich Warburg, 1883〜1970年)博士は[1p165]、これはミトコンドリアがダメージを受けてクエン酸サイクルでの発電が十分に行えないためであって[1p166]、これが癌発生の原因だと考えた[1p165]。癌細胞は正しい機能を失っているため、他の細胞とつきあう能力がなく、異常な分裂と成長をしていくからだ[1p166]。
フリーラジカルに最もダメージを受けやすいのは脳
そして、最もフリーラジカルに悩まさる臓器が脳だ[3p246,3p250]。脳は活発に活動しているため他の臓器よりもフリーラジカルが多く発生している[3p247,3p248]。
第一に、脳の重さは体重の2%しかないが、身体全体のエネルギーの20〜30%を消費している[3p194]。つまり、脳は他の臓器よりも大量の酸素が消費されている[3p247]。
第二に、脳の50%は脂肪でできていて[3p248]、脂肪の比率が多い[3p247]。これは、フリーラジカルが産み出される温床が多いことを意味する[3p248]。
第三に、脳内には鉄が豊富に含まれているが、これも脂肪の酸化を進めるスパークとなる[3p247]。
第四に、もともと抗酸化物質が不足しやすい。だから、米国タフツ大学のジェームズ・ジョセフ博士は、臓器の中でも最も抗酸化能力が低いのが脳だとする[3p250]。
実際に変性脳疾患の患者の脳では、フリーラジカルがダメージを与えていることがわかっている。ケンタッキー大学の老化センターによるアルツハイマー病患者の脳と健常者の脳との比較研究では、アルツハイマー病患者の脳では過酸化脂質が高濃度で検出され、かつ、抗酸化酵素カタラーゼの活動も高まっていた。なんとかフリーラジカルのダメージから細胞を守ろうと試みたが、防ぎきれなかったのだ[3p258]。
抗酸化物質はネットワークを組んでフリーラジカルを防いでいる
とはいえ、フリーラジカルが細胞内の核内部のDNAと接触してダメージを与えることを防げれば発病はしない。抗酸化物質が遺伝性疾患病への罹患を防ぐうえでも大切なわけはここにある[3p257]。そして、抗酸化物質は息の合った絶妙なチームワークを組むことによってフリーラジカルのダメージを防いでいる。このことが解明されたのも比較的最近のことだ。それまでは抗酸化物質はそれぞれ別々に働くと考えている研究者もいた。けれども、カリフォルニア大学バークレー校のレスター・パッカー(Lester Packer,1929〜2018年)教授が「抗酸化物質ネットワーク理論」を打ち出すことで、抗酸化物質の効果が最大に発揮される仕組みがみえてきた[3p254]。
では、抗酸化物質がフリーラジカルのダメージをどのようにして無力化しているのだろうか。まず、抗酸化物質はフリーラジカルと融合して電子を与えることで安定させる。けれども、逆に抗酸化物質自体が不安定化しフリーラジカルとなってしまう[3p254]。
とはいえ、活性酸素よりは反応力が低いため害は大きくはなくすぐに分解される。おまけに、近くにある別の抗酸化物質から電子をわけてもらえば、元の状態に戻って戦線に復帰できる[3p255]。ビタミンEは脂溶性であることから細胞膜でフリーラジカルのダメージを防いでいる[4p73]。ビタミンEも酸素ラジカルを無害な形に分解するが、一度働ければすぐに役立たずになってしまう。一発しか弾がない火縄銃をもって戦っているようなものだが、ビタミンCがあると次のフリーラジカルと戦えるようになる。脇にいて銃に弾を詰めているようなものだ。ただし、ビタミンCもひとつしか弾をもっていないので、一度それをビタミンEに渡してしまうとそれっきりである。単発の火縄銃が二連発になっただけの話である。けれども、ここにビタミンB2やB3があるといくらでもビタミンCに弾を詰めてくれる[1p173]。つまり、ビタミンEは、ビタミンCやコエンザイムQ10から電子を受け取ることで、抗酸化物質としての力を取り戻す[3p252,3p255]。ビタミンEが銃を撃つたびに素早く弾込めをして手渡せるようになり、いきおいビタミンEはフリーラジカルをなぎ倒す機関銃に変身する。つまり、ビタミンEは、ビタミンCとビタミンB2、ビタミンB3と一緒に取ることが理想なのである[1p174]。
とはいえ、こうした蘇生力を持つ抗酸化物質は限られ、パッカー教授は、ネットワークを形成する抗酸化物質として、ビタミンE、ビタミンC、グルタチオン、コエンザイムQ10、リポ酸をあげる[3p255]。このうち、リポ酸は他の抗酸化物質だけでなく、リポ酸そのものも蘇生させる能力を持つ[3p256]。
ファイトケミカルを含む野菜と果物で抗酸化レベルは高まる
なお、ベーター・カロチンにも抗酸化作用がある[1p172,1p176]。1968年にフート・デラー博士はベーター・カロチンが植物をフリーラジカルから守っていることを発見し、その後の実験動物を使った研究でもベーター・カロチンが抗酸化物として働くことを確認している[1p176]。つまり、ほんの過去十年ほど前だが、野菜や果物には、ビタミンとミネラル以外に強力な抗酸化力を持つファイトケミカルがあることがわかってきた[3p259]。色が濃い野菜や果物に含まれるフラノボイドには4,000種類もの抗酸化物質が見出されている[3p260]。
米国農務省の研究者たちは、トマトに含まれるリコピン、緑色野菜に含まれルティン等の抗酸化物質を分析・定量化してきたが、さらに重要な研究がタフツ大学の農業研究者、グオファ・ハワード・ツァオ(Guohua)博士によってなされている。
個々の抗酸化物質ではなく、食品全体のフリーラジカルを無害化する「活性酸素吸収能(Oxygen radical absorbency capacity=ORAC)」を分析する方法を開発したのだ[3p260]。これによって、ORACは野菜と果物が高いことがわかったのである[3p262]。
栄養学の進展によって「漠然と野菜を果物を食べましょう」といったレベルではなくなっている。どのような野菜と果物をどれくらいの量を選択すればよいのかまで進んできている。タフツ大学でなされた実験から若者では5〜6日で抗酸化能が高まり、60歳以上の老人では10〜11日がかかるが、それでも若者と同じレベルまで高まる[3p269]。
抗酸化食品を食べていたラットは老化が防げ、若返りもできた
ヒトや動物では加齢とともに知覚機能を司る新線条体にある細胞がドーパミン等の神経伝達物質を放出する力が衰える。ラットでは中年までに反応力が40%失われる[3p271]。それは、フリーラジカルのダメージを受け細胞膜に備わっているレセプターの感度が鈍くなるためだとされている。
そこで、タフツ大学のジェームズ・ジョセフ博士らは、ラットを対象に生後6カ月(人間でいうと20歳に相当)から記憶力が衰えはじめる中年期まで8カ月間に通常の食と試験食として(ホウレンソウ、イチゴ、ビタミンEを添加した食事)を与え、生後15カ月(人間でいうと45〜55歳)で[3p270]、水中に隠された休息用の台を見つけさせることで短期記憶と長期記憶の変化を調べてみた[3p271]。
その結果、対象食を与えたラットでは予想されたとおり記憶力が低下したが、試験食を与えたグループでは脳機能の低下が見られず、若いラットと変わらない量のドーパミンが放出されていた。新線条体の脳細胞の機能も対象群の2倍も高かった[3p272]。そして、ビタミンEよりもホウレンソウとイチゴの方が効果が高かった[3p273]。
この結果を受けて、ジョセフ博士は、人間でいうと65〜70歳に相当する高齢のラットに、ホウレンソウやイチゴよりも抗酸化力が高いブルーベリーを与えてみた[3p274]。8週間、これらを食べたラットは、すでに老化によって記憶力や運動神経、バランス能力が低下していたのだが、その脳は回復した。
「若者レベルになったラットもいますし、最悪でも中年レベルです。こんなに仰天したのは初めてです」とジョセフ博士は驚きを隠せない[3p275]。
短期記憶はすべてのグループで改善されたが、バランス等の調整感覚はブルーベリーをとったグループでだけ改善された。細い通路を高齢のラットに歩かせると5秒もしないうちにバランスを崩して転落してしまうのだが、2カ月間ブルーベリーをとったラットは、約2倍の11秒も台の上を歩けるようになった[3p276]。その理由は神経伝達物質を受け取る感覚を失っていたレセプターの一部が再び機能し始めたためであった[3p277]。
人間
それでは、このタフツ大学の動物実験は人間にもあてはまるのだろうか。フランス国立衛生医学研究所(INSERAM)が1,400名を対象にすでに研究を行っている。野菜や果物をよく食べ、それ由来のカルテノイドの血中濃度が最も高いグループは最も低いグループよりも論理判断や視覚注視力のテストの成績が35〜40%も高かった[3p278]。
スイスのベルン大学のウォルター・ベリグ博士も65〜94歳までの健康な男女442名を対象に研究を行っている。現在と22年前の記憶力のテスト結果を比較したところ、ビタミンCとベータ・カロチンの数値が高い被験者が、記憶想起、記憶認識、語彙記録でいずれもよい成績をあげることがわかった[3p279]。
ケンタッキー大学のサンダース・ブラウン老化センターのデービッド・スノードン博士は、高齢の尼僧を対象に抗酸化物質リコピンの効果を調べた。77〜98歳までの88名のうち、リコピンが平均以下のグループは平均以上だったグループと比較して、介助を必要とする確率が4倍近くたかかった。スノードン博士はリコピンがフリーラジカルのダメージを中和したためだと推測する[p280]。そして、最近、イタリアでなされた研究によれば、トマトピューレから1日16.5mgのリコピンを21日とったところ、抗酸化力が高まり、DNAがダメージを受ける確率も3分の1減った[p281]。
フリーラジカルのダメージで細胞の全体的な健康が失われていくことが老化や様々な成人病の原因であることから、ビタミンB3(ナイアシン、ニコチン酸)には脳の機能を高めることが多くの研究から判明している[4p67]。そこで、ジン・カーパー(Jean Carper)は、「脳にとって最善のことは抗酸化物質を摂取することだ」と述べる[3p245]。
編集後記
本書は、米国の栄養ジャーナリスト、ジーン・カーパーの著作のまとめである。フリーラジカルのダメージを緩和するうえではミネラルとしてセレンも重要である。そこで、次回はセレンとミネラルについても書く。
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【引用文献】
[1] 丸元淑生『豊かさの栄養学』(1986)新潮文庫
[2] 丸元淑生『豊かさの栄養学2』(1991)新潮選書
[3] ジーン・カーパー、丸元淑生訳『奇跡の脳を作る食事とサプリメント上』(2013)ハルキ文庫
[4] ジーン・カーパー、丸元淑生訳『奇跡の脳を作る食事とサプリメント下』(2013)ハルキ文庫