2021年03月28日

狩猟採集社会の作法@〜お金の代償〜豊かなれ贈与社会

顔が見えないことが超格差社会を生む

 互いをよく知る数十人規模での集団では何もかも筒抜けになる。ごまかしは効かない。だから、狩猟採集社会では大型の動物が仕留められると誰もが平等にわかちあう。けれども、誰もが直接的な関係を取り結べる規模を超えてコミュニティが成長すると興味深いが、悲惨な事態が起こる。人は「抽象概念」となるのだ。人々が村や町に定住して最初に生まれたのが権力や富の格差だった。播種や収穫、家畜の売買を誰かが仕切らなければならない。いったん富が生まれると、上流階級はその特権を生かしてさらに利権を得ようとしてゆく(p181)

 フランスの経済学者、パリ経済学校のトマ・ピケティ(1971年〜)教授によれば、2012年には米国では上位1%が総所得の22.5%を手にしていた。1950年代のCEOの収入は従業員の20倍だったが(p181)、いまは200倍以上だ。2011年のアップルのティム・クック(1960年〜)が手にしている給与は従業員の6,258倍だ。いま世界で最も豊かな85人が世界人口の半分よりも多くの富をコントロールしている(p182)。これほどの富のアンバランスは狩猟採集民には想像できないものだ(p181)

原始の豊かな社会

「世界で最も原始的な人々は所有物がとても少ない。だが、彼らは貧しくはない。貧困はモノがないことではない。貧困とは何より人間関係だ。貧困とは社会的地位なのである」

 米国の人類学者、マーシャル・サーリンズ(1930年〜)は『石器時代の経済学』でこう書く(p184)。1966年にシカゴ大学で開催された人類学の会議「狩猟する人」(p67,p183)において、ボッブズのパラダイムに初めて異論を突きつけたのはサーリンズだった(p184)

Nurit-bird-david.jpg イスラエルの人類学者、ハイファ大学のヌリト・バード=ディヴィッド教授はもう一歩踏み込む。狩猟採集民は貧しくないよりも、むしろ自分たちが豊かだと考えていると主張する。「西洋人の行動は欠乏の文脈で理解できるように狩猟採集民の行動は豊かさの文脈で理解できる」(p184)

 チャールズ・ダーウィンは、当初は物質的な格差は人間の本質の表れだと考えていた。けれども、訪れた多くの社会で物質的な格差が見られなかったことから、人間の本質はもっと複雑な何かだと考えるようになった。この見解の正しさは現代の多くの研究者たちが支持しているとし、米国の作家、セス・ゴーディン(1960年〜)はこう述べる。

「経済学者がいうところの経済人は狩猟採集社会には存在しない。即時リターンする社会の人々は、利己的で利益分析にしか興味のないような人々ではない。狩猟採集社会をみれば、経済人が普遍的な人間の姿が虚構であることがよく理解できる。西洋の経済理論における人間像は人類史における変則である」(p183)

人間は利他的に生まれついている

Jonas-MillerS.jpg 神経疾患・脳卒中研究所の神経科学者、ジョルジ・モール、ジョーダン・グラフマン、フランク・クルーガーは、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を用いて、利他主義が人間の基盤であることを明らかにしている。自分よりも他者の利益を優先すると食べ物やセックスとかかわる脳の原始的な部位が活性化した。スタンフォード大学のジョナス・ミラー博士の74名の幼稚園児の迷走神経を測定した研究からも、病気の子どもに報酬をあげた子どもの方が独り占めにした子どもよりも満足度が高いことが明らかになっている。ここからミラーは「脳は幼いことから他者を助けて安心感を得るように配線されている」と述べる。

Joshua-GreeneS.jpg ハバード大学のジョシュア・グリーン教授は、多岐にわたる研究から道徳心は脳の基本構造から生じることが示唆されると指摘する。利他的行動で得られる深い満足感は文化によって植え付けられる皮相的なものではなく、進化した脳構造に根ざしているのだ(p196)

James-K-Rilling.jpg エモリー大学のジェームズ・リリング准教授も機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を用いて、ヒトを含めた霊長類の脳構造や機能を比較し、人間は協力しようとする情動的なバイアスを持っている。強力な認知的なコントロールなくしてはこのバイアスは打ち消せない」と結論づける。人類のデフォルトの行動は利己主義ではなく、利他主義なのである(p196)

Robb-willerrt.jpg これには過去30万年にわたる祖先の経験がある(p203)。狩猟採集社会の人々は利己主義が死に結びつくことを理解していた。まず、社会的に死が訪れ、次に生物学的な死が待っている(p201)。スタンフォード大学のロブ・ウィラー教授が行ったゲーム実験では、最も公共の福祉に役立ち、物惜しみなく気前がよい被験者が仲間の尊敬や協力を得ることができ、他者に対する影響力も大きく、逆に自分の利益に固執する人は遠ざけられ、尊敬されず嫌われることすらわかった(p202)

人でなしの金持ちたち

 けれども、前述のミラー博士の研究は、この生まれつきの善意が社会的な格差に影響されることも見出している。裕福な家庭の子どもはさほど裕福ではない家庭の子どもよりもわかちあいの度合いが少なかったのだ(p196)

 Michael-Kraus.jpgカリフォルニア大学バークレー校のダッチャー・ケルトナー(1962年〜)教授は、止まれの標識がある交差点で人々の行動を観察し、高級車のドライバーほど先に通行しがちなことを見出す。研究者が歩行者に扮して実験をしてみると安い自動車のドライバーは誰もが歩行者を尊重したのだが、高級車は無視しがちだった(p197)。BMWに乗ったドライバーは道路を渡ろうとする老女たちの前をすっ飛ばしていく人でなしなのである(p200)。ケルトナー教授が絶対に勝てないように工夫したゲームで実験をしてみると、裕福な被験者は「自分は勝った」と主張しがちだった(p197)。そして、職場においても嘘をついたり、倫理にもとる行動をしがちだった。例えば、ケルトナー教授が実験室の入り口にお菓子をおいて、残ったお菓子は近くの学校に寄付されますと書いておくと、金持ちの方がお菓子を盗む割合が高かった。ニューヨーク州の精神医学研究所が4万3000人を調査したところ、金持ちの方が商品を万引することが多かった。インディペンデント・セクターの調査によれば、年収が2万5000ドル以下の人は収入の4%以上を寄付したのに対して、年収が15万ドルを越せる人は2.7%しか寄付しなかった。高所得者には税金の優遇措置があるにもかかわらずである。

keely-muscatell.jpg イェール大学のマイケル・クラウス准教授は社会経済的に地位が高い人ほど他者の顔に浮かぶ情動を読み取れない傾向があることを見出す。ノールカロライナ大学チャペル校のキーリー・マスカテル教授は、幼いがん患者の写真を見せても裕福な人ほど脳活動が貧しい人に比べて低調であることを突き止めている(p198)

金持ちは「性悪」だから金持ちになれたのではなく、金があるから陰湿になった

Stephane-Cote.jpg トロント大学のステファン・コーテ教授も、貧困層よりも富裕層の方が気前が良くないことを確認した。けれども、コーテ教授によれば、金持ちはただ気前が良くないだけではなく、事実はもっと複雑だ。格差の大きな地域に住んでいるか、格差が高いと判明した場合にのみ高所得者は不親切なのだ。逆に格差があまり見られなければ、金持ちも誰もと同じく親切なのだった。助けを必要としている人が自分とあまり違いがなければおそらく私たちはその人を助ける。けれども、その人が経済的、あるいは文化的に遠ければ手を差し伸べる可能性は減ってしまうのだ。これは、金持ちは利己的であることを意味しない(p193)。これは、人でなしの金持ちは生まれつきではなく、作られること意味する(p194)

 サイコパスがお金が儲かる職業に引き寄せられるのは事実だ(p194)。そして、社会的な良心が欠落し、冷酷で成功にしか目を向けないサイコパスの資質はビジネス界にとっても望ましい(p199)。けれども、本物のサイコパスはそうざらにはいない。金持ちは世間一般に信じられているように冷淡なのではない。金があれば幸せになれると信じて金を追い求め続ける人も他の人々と同じく罠にはまっているのだ(p194)。無慈悲な人が金持ちになるという単純な図式ではなく、金持ちになることによって人間らしい心が失われてしまっているといえる(p199)

『極端な富は誰にとっても悪い、とりわけ、金持ちにとって』で、ノンフィクション作家、マイケル・ルイス(1960年〜)はこう述べる。

「格差社会において他者よりも優位に立つ人に倫理的な欠陥があるわけではないことがわかってきている。問題は格差そのものにある。格差が脳のバランスを乱す。他者を気にかけなくなり、まともな人間になるために必要な道徳的感情も経験できなくなっている」(p199)

Sukhvinder-Obhi.jpg 他人を思いやる気持ちと深く関わるのはミラーニューロンだが、マクマスター大学のスクヴィンダー・オビ教授は、なぜ貧しい人ほど裕福な人よりもモノを多く与えるのかの知見を得ている。被験者に「権力」あるいは「無力さ」の感覚をランダムに割り振ってみると、無力さはミラー系を活性化する一方で、権力はミラー系を非活性化してしまったのである(p200)

Paul-K-Piff.jpg なんたることか。けれども、人でなしの金持ちを救う方法もある(p201)。カリフォルニア大学バークレー校のポール・ビフ准教授が、貧しい子どものわずか46秒の動画を見せた1時間後に困った素振りをしてみると、金持ちも貧しい人も同じほど困った人に手を差し伸べることがわかった。わずかの心理的な介入、価値観の変化、ある方向への誘導によって、平等主義や共感は取り戻すことができる。ビフ准教授は言う。

「金持ちと貧乏人の違いは生まれつき、あるいは絶対的なものではなく、わずかでも価値観が変わる経験をしたり、ちょっとした思いやりや共感を示すきっかけを与えられたりすれば変わるのである」(p202)

【人名】
トマ・ピケティ(Thomas Piketty)
ティム・クック(Timothy Donald Cook)
マーシャル・サーリンズ(Marshall David Sahlins)
ヌリト・バード=ディヴィッド(Nurit Bird-David)教授の画像はこのサイトより
セス・ゴーディン(Seth Godin)
ジョナス・ミラー(Jonas G Miller)博士の画像はこのサイトより
ジョシュア・グリーン(Joshua Greene)教授の画像はこのサイトより
ジェームズ・リリング(James K. Rilling)准教授の画像はこのサイトより
ロブ・ウィラー(Robb Willer)教授の画像はこのサイトより
ダッチャー・ケルトナー(Dacher Keltner)教授
マイケル・クラウス(Michael Kraus)准教授の画像はこのサイトより
キーリー・マスカテル(Keely Muscatell)教授の画像はこのサイトより
ステファン・コーテ(Stephane Cote) 教授の画像はこのサイトより
スクヴィンダー・オビ(Sukhvinder Obhi)教授の画像はこのサイトより
マイケル・ルイス(Michael Lewis)
ポール・ビフ(Paul K. Piff)准教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
クリストファー・ライアン「文明が不幸をもたらす」(2020)河出書房新社
posted by fidel at 12:01| Comment(0) | 贈与経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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