2025年09月25日

ナショナリズムと有機農業〜排他性の有機農業の黒歴史を見据えて

気候変動対策と自給率向上でも重要な食生活

 温室効果ガス排出量の3分の1は食料生産に由来する。とりわけ、問題なのが畜産業で、植物由来の食料の2倍も排出され、それだけで5分の1を占める[11]。2023年にIPCCから発表されたリポートは、マメや穀類等の植物由来の食生活に各個人が切り替えれば、それだけで、2050年までにカーボン排出量を44%削減できるとする[7]。2024年に世界22カ国でなされた大規模調査では、肉の消費削減やより健康的な食生活を奨める政策を60%が支持していることがわかったし、気候変動対策では考えられている以上に食生活のあり方が威力を発揮するから、欧州各国は食のガイドラインを制定する等、いずれも力を入れている。ちなみに温暖化対策として食政策を支持する割合がケニアでは80%、インドでも74%、メキシコでも72%もあるのに対して、日本は34%しかなく、改めてその環境意識の低さが浮き彫りになったカタチとなった[11]

国をあげて自然食と有機農業を推進したナチスドイツ

「大量の肉、大量の精製糖、大量の輸入食品等を含む典型的な工業化された食事よりも、自然な食事をすれば、ずっと効率的に資源が利用できます。菜食主義の食事にすれば、人間と同じ食料を餌にする家畜の肉を食べるより、同じ土地で多くの人を養えます」。

 自然食のメリットはこれにとどまらない。人工添加物を使ったり過度に加工された食品を食べなければより健康的になれる。だから、肉に代わって、地元産の魚を食べ、小麦や白パンを国産ライ麦にしていく政策が強力に推進されたと歴史学者、ワシントン大学のコリーナ・トライテル(Corinna Treitel)教授は指摘する[4]。これだけ聞けば素晴らしく思える。けれども、問題はどの国の誰がこんな政策を行ったのかということだ。答えはナチス・ドイツでヒトラーなのだ。

 ヒトラーはほぼベジタリアンで[1,3]、自然食を取り入れていたが[3]、ヒトラーに限らずナチスの最高指導者の何人かもほぼ有機食品だけを食べていた[1]。有機農業を国家の活動レベルにまで引き上げたのはナチスだったし[1]、ベジタリアンを思想的にも実践的にも健康的な食生活として強力に推進したのもナチスだった。例えば、ホールフード(全体食)の祖とされるのは、ナチスの栄養学者だったヴロツワフ大学のヴェルナー・コラート(Werner Kollath, 1892〜1970年)教授で、教授は「食べ物はできる限り自然なままに」というスローガンを1942年に作った[4]。地元産の食材をなるべく生で使い、肉や脂肪、卵の摂取量を減らす。それが、ドイツの「食の自由」を保障しつつ家族を養うやり方だ。料理本、家事指導書、組織的な家政学研修を通して、ナチスはドイツの女性たちに自然食を薦めた[3]

食料自給から自然食と有機農業にこだわったナチス

 それでは、なぜナチスは自然食や有機農業を強力に推進したのだろうか。トライテル教授はその理由として、第一次世界大戦後に悲惨な飢餓経験をしたことをあげる[1]。教授によれば、1915年頃から飢餓は大きな社会問題となり、1917年にはさらに状況が悪化した。

「ジャガイモやパンが盗まれ、これまで抗議活動を行ったことがない人々まで、街頭に出て抗議活動を行いました。人々は飢えると暴動を起こしがちですし、自国の政府の正当性を疑う傾向があります。政府にとって、これは本当に深刻な危機でした」[4]

 肉類でもドイツは国内需要を満たせず、多くの豚肉や牛肉を海外から輸入していた[4]。第一次世界大戦でドイツが敗北した要因のひとつが飢餓だったし[4]、それを祖国敗北の原因として強くあげ、本能的に輸入依存を嫌悪していたのがヒトラーだった[4,6]。だから、輸入に依存しない国家自給はナチスにとって最優先事項だった[4]

 東京大学の鈴木宣弘特任教授が推奨する帝国陸軍の丸本彰造少将が昭和19年に書いた『食糧戦争』の中で「ここに、盟邦ドイツの生活食糧教育、ドイツ産業に対する戒律を御参考までに記してみよう」として次のようにドイツの取り組みを高く評価している。

@ 一銭の経費を支払うにもドイツ人の利益となるよう考慮すべし
A 外国品の輸入はそれだけ自国を貧窮ならしむる結果となることを忘るべからず
B 各自の金銭を決してドイツ人以外のものに利得せしむべからず[10p43]
D 外国食料品を食卓に上すことは断固として排撃すべし
E ドイツの小麦粉、ドイツの果実、ドイツのビールのみが真のドイツ魂を養うものなることを知らざるべからず
F コーヒーはドイツ製なるかドイツ植民地製に限るべし[10p44]

「白パンの代わりに全粒粉のパンを食べれば、穀物はより有効活用されまるし、食品もより長持ちします」とニューカッスル大学のサッシャ・デイビス(Sacha Davis)講師は指摘する。輸入品を国産品に置き換える自給自足への目標から、ナチスは、自然食を推進していたのだ[4]

自然食のルーツはドイツの食生活改善運動にある

 けれども、そもそもなぜ、肉、砂糖やアルコールは身体には不自然で、「自然食」が健康的だとみなされるのだろうか。ドイツの有機農業の発展史を研究する前出のトライテル教授は、「自然食」のルールをたどると、ドイツ中部の山麓の小さな町ノルトハウゼンでエドゥアルト・バルツァー(Eduard Baltzer, 1814〜1887年)という進歩的な牧師が1860年代に始めた「生活改善運動」にゆきつくとする[1]。 バルツァーが目にしたのは、多くの肉を食べ、大量に砂糖も摂取しては蒸留酒シュナップスを暴飲するという貧しい人々の食生活だった。住民は所得の半分以上をこうした食費に費やし医者にもかかれなかった。もっと野菜や果物を食べれば健康にもなれるし体力も向上する。そう考えてバルツァーが「自然食」の概念を考え出したのだ[1,3]。 それだけではない。前述したとおり、菜食主義を取り入れれば自給率も高まる[3]

「バルツァーは国民間での平等を促進し、民主主義の高める手段としての食生活を構想していました」とトライテル教授は自然食運動にはさらに広範な社会構想があったと指摘する[3]。とはいえ、バルツァーは自然食によって健康問題に立ち向かったが、熱心に化学肥料を使っていた。だから、この段階では「自然食」はまだ「オーガニック」ではなかった。けれども、その60年後の1920年代には、自然食に加えて、有機農業も問題の解決策としてやはりドイツで提唱される[1]。ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner, 1861〜1925年)が1924年に行った一連の農業講義に由来する[6,7]バイオダイナミック農業(biodynamic agriculture)だ[1]。 シュタイナーが提唱したこのバイオダイナミック農法を好んで採用し、1930年代を通じて最も影響力のある擁護者となったのがナチスだった[7]

 例えば、ルドルフ・ヘス(Rudolf Hess, 1894〜1987年)副総統は、とりわけ熱烈な農法の支持者で、それ以外の第三帝国の指導者たちも農法を強く支持していた[6]。ダッハウとラーベンスブリュック強制収容所ではバイオダイナミック農園が設立され、親衛隊が「実験」を行い、囚人に農業労働を課していた[6,7]

優生学からローカルフードにこだわったナチス

 「地産地消」からは、新鮮な旬の農産物が山積みになった牧歌的なイメージが想起されるが、地産地消の最も確固たる基盤が築かれたのもナチス政権下においてだった[6]。ナチスが有機農業、とりわけ、地産地消にこだわったのは、優秀なアーリア人種というイデオロギーを支えるためだった。ナチスの有名なスローガンでもある「血と土(Blut und Boden)」の概念は、熱烈な優生学者でもあった医師、リヒャルト・ヴァルター・ダレ(Richard Walther Darré,1895〜1953年)によって強力に展開された。ダレは後に農務大臣となるのだが、ローカルフードにもこだわり、ドイツの大地で栽培された食料だけが優秀なアーリア人種の身体には適していると主張した。ダレは国家の屋台骨として農家を偶像化する一方で、都市、とりわけ、大地や故郷の景観とのつながりを失った放浪民であるユダヤ人に対する不信感を煽った[4,6]

 アーリア人種の優越性という滑稽無糖な民族神話に基づいたイデオロギーとして[8p55]、ダレの思想を一笑することはできない。ダレの思想が支持を受けたのは、産業化が進む中で、健康への懸念が高まっていたことがある[4]。1900年頃以降、ドイツでは、コレラや天然痘といった感染症から、糖尿病、癌、心臓疾患といった慢性疾患へと疫学的に病状が変化していた。「近代病」への罹患者が増すにつれ、国家も民間も、より自然な食生活を送ることが公衆衛生戦略として理にかなっていると考え始めた[1]

「都市は汚染され不健康だとの懸念は第一次世界大戦以前からありました。人々は窮屈で劣悪な環境で暮らし、悪い食べ物を食べ、アルコールも飲み、タバコも吸う。それが実際に身体への物理的なダメージとなっていました。そこで、1900年代初頭から、公衆衛生への関心が高まっていました。それをナチスは取り上げたのです」とデイビス講師は言う[4]

 公衆衛生に対しては、ドイツだけでなく、スウェーデン、英国、米国でも多くの医師が懸念していた。 「それが、より健康な人間を作ることができるという、優生学の考えと結びついていたのです」[4]

 「純粋さ」は有機農業運動のキーワードだったが、この純粋さの考え方が、優生学を呼び起こした。いまでは意外に思えるが、社会主義者たちも優生学を支持していた。SFの巨匠、HGウェルズ(Herbert George Wells, 1866〜1946年)、女性解放運動にして作家、マリー・ストープス(Marie Stopes, 1880〜1958年)、ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1883〜1946年)は、いずれも優生学の支持者だった。知的、道徳的、肉体的な弱さは、育種によって排除できるという主張は、国家の存続の答えは科学にあると信じる人々にとっては、当然のことと思えていた[2]

戦後も生き続けたナチスの亡霊

 ナチスは1945年に政権を失いドイツは2つに分かれ、それぞれの国の展開は異なったが、戦後も自然食とオーガニックはドイツ文化の重要な部分であり続けているとトライテル教授は語る[1,4]

「ドイツではオーガニック農業は今でも非常に人気があります。現在もドイツ政府は持続可能な農業という政策を掲げていますが、これは実際にはナチスも推進していたアイデアの一部に基づいています」[4]

 西ドイツでは、旧ナチスが1950年代と60年代に再集結して自然食や自然農法に関する思想を育んで発展させた。70年代に環境運動が台頭して以降、自然農法は主流となった。ドイツの人口はわずか8,000万人だが、オーガニック食品の市場において、人口3億人の米国に次いで世界第2位の規模を誇る[3]。世界的な有機認証機関、デメーテルは1927年に設立されたが、設立時にはナチスに積極的に協力していた[7]。こうしたバイオダイナミックの初期の発展史についての情報は、世界各地のバイオダイナミック協会のウェブサイトには掲載されてはいない[6]

 東ドイツでは、独立した運動が認められなかったことから生活改革運動は事実上消滅した。しかし、運動の一部は医療官僚機構に取り込まれ、自然食を東ドイツの「健康食」にすることに成功した。オーガニックの部分は姿を消したが、新鮮な果物や野菜を多く摂取し、砂糖、肉、アルコールの摂取量を減らす習慣は、国家の栄養指導の一部となり[1]、食生活改革が推進された[3]

地産地消と反グローバルはナチスの専売特許ではなかった

 自然文学の古典的名作『カワウソのタルカ(Tarka the Otter)』を書いた、イギリスの作家、ヘンリー・ウィリアムソン(Henry Williamson,1895〜1977年)は、有機農業こそが英国農村の経済的安定と将来の繁栄を取り戻す鍵だと強く信じていた。 イギリスには、その国民的アイデンティティは田園に根ざすとの考え方が強くある。農作業で鍛えられた身体、泥だらけの手、風雨に打たれた革のような顔を持つ農民は、英国人の理想だった。

 有機農業は、汚染物質を含まない「純粋な農産物だ」との概念を超えて、土と一体となった農民というイメージに輝きを与えた。有機農業は、まさに英国を守るために、農業に同じ純粋さの概念を導入する試みだった。イギリスの食卓に並ぶ食べ物は、農家のイメージと同じくらい健康的なものになるであろう。そして、小規模な有機農業を通じて、英国はその文化的起源を再発見するだけでなく、自給自足できるようになるであろう[2]

 ウィリアムソンは、1936年にオズワルド・モズレー(Oswald Mosley, 1896〜1980年)卿が創設した英国ファシスト連合(British Union of Fascists)に加わり、黒シャツ党員(blackshirt)となった。そして、1941年には、有機農業が国家の精神的、肉体的、経済的健全性を回復するとする農村復興主義組織「キンシップ・イン・ハズバンダリー(Kinship in Husbandry)」の創設メンバーとして加わる。国土を守るうえでの唯一のイデオロギーがファシズムだと考えたのだ[2]

 有機農業の中心的思想家の一人、作家、ロルフ・ガーディナー(Rolf Gardiner, 1902〜1971年)と第9代ポーツマス伯ジェラルド・ワロップ(Gerald Wallop, 1898〜1984年)は、準ファシスト団体で活動していた[2,5]。第二次世界大戦前には英国ファシスト連合のメンバーであったジョリオン・ジェンクス(Jorion Jenks, 1899〜1963年)は戦中は抑留されたが[5]、1940年代後半にイヴ・バルフォアと共に土壌協会を設立し、1950年代後半まで17年間も土壌協会の機関誌を編集[2,5]。この慈善団体を自身の極右思想を主張する手段として利用し続けた[2]

 英国の環境保護運動史のうち、極右勢力のルーツは無視されがちだが、当時は、ファシズムによって国土を守るという考え方は説得性があり、広く浸透していた。戦後、「キンシップ・イン・ハズバンダリー」のナチスとのつながりは恥ずべきものとなったが[2]、1930年代から40年代にかけてイギリスとドイツで始まった当初から、有機農業運動はファシズム的な政治と深く関わってきた[5]

農村重視と小規模家族農家の支援は民族主義・ファシズムにつながる

 いま、有機農業と聞くと、政治的には進歩主義的な左派で、社会正義の促進や環境保全から反体制というイメージが強い[1,3,5]。確かに、自然食は19世紀に主に左翼的な思想として始まった[3]。だから、有機農業がファシズムに起源を持つというのは、奇妙に思えるかもしれない[2]。けれども、当時は、極左も極右もいずれも、農業の機械化に疑念を抱き、企業や「国際銀行」と癒着した政治によって伝統的な農村景観やそこで働く人々の暮らしが脅かされていると考えていた[2]

 食料自給も、1930年代のナショナリズムとファシズムに根ざす。1922 年に発足したムッソリーニ内閣は当初は自由主義的な経済政策を踏襲していたが、1925年の夏には保護貿易主義へと方針を転じた。ムッソリーニは、小麦の国内自給を達成することで貿易赤字を減らす「穀物戦争(Battle for Grain)」を大々的に喧伝し、輸入食料への依存を断ち切ることを目指し成果をあげた[6]

 前出の丸本少将の著作も、次のように高く評価する。

「自給への努力こそは、大東亜戦争最後の勝利を獲得するひとつの鍵である。伊国首相ムッソリーニは、食料問題のすべてを解決するものは、太陽、水、空気、人力、科学であると喝破したが、私も大いに同感である。国民諸君は、このム首相の言葉を咀嚼して、米英への積極的攻勢を強化せねばならぬ」[10p23]

 ファシズムは戦後にはナチズムと一緒にされて悪のレッテルが張られた[8p195]。だから、ファシズムには、悪の権化のようなイメージがあるが、ファイズムそのものはかなり魅力的な思想だし[8p53]、ほとんどの場合、軍国主義形態ではない[8p194]。むしろ、自由主義的な資本主義が引き起こした格差や貧困問題を共産主義革命以外の方法で解決しようとした運動である[8p53]。ムッソリーニもイタリア社会党の左派出身だった[8p53]

 資本主義ではどうしても冨の集中や搾取が伴い構造的な貧困が生まれてくる。そして、資本家は「配分せよ」といっても素直には渡さない。一方で、国民が労働しなければ冨は生まれない。だから、労働者のストライキ権を認めない一方で、資本家と労働者との矛盾を国家が介入することで調停していく。イタリアの名の下にイタリア人民を束ねていく(ファシオ)。この「ファシオ」がファシズムの語源なのである[8p54]。「一人は万人のために、万人は一人のために」というのがファシズムのスローガンだった。イタリアのファシズムには、サンディカリズム、アナーキズム、マルクス主義、社会民主主義等のヨーロッパの知的遺産が流れている[8p55]。  

 日本でも『資本論』を翻訳した高畠素之(1928〜1928年)は、強力な国家の力によって「人間悪」を抑制しなければならないと考え、ナチスよりも早くイタリアでファシズムが誕生するのとほぼ同時期に「国家社会主義」を提唱した[7p55]。戦前には、高畠や北一輝(1883〜1937年)の純正社会主義のように右翼の側で「革命」を提唱する人々が多くいた。タブーであったのは、天皇制の打倒であって、社会主義はタブーではなかった[7p63]。とはいえ、ファシズムにも限界がある。ファシズムが束ねるのは内側だけであることだ。内側では誰もが助け合うが、外部に対しては冷酷で人間扱いしない。これが社会ダーウィニズムと結びつくと適者生存ということで人種、民族間の闘いにつながってしまう[8p56]

いま再び右派が着目する有機農業

 1940年代から1960年代にかけては、有機農業は少数派の運動として留まっていた[3]。それを変えたのは、1960年代の米国のカウンターカルチャー運動では、多くのヒッピーたちが有機農業での自給的暮らしを目指したからだった[3,5]。けれども、近年では、再び、安全な食や有機農業、家畜の倫理的な扱いさえも、再び極右組織のテーマになりつつある[3]。例えば、ドイツでは、国民民主党(National Democratic Party)が、遺伝子組み換え農産物や生物特許、石炭火力エネルギーへの外国投資に反対しているが、同党は極右ネオナチ政党なのだ。ドイツ緑の党傘下のハインリヒ・ベル財団(Heinrich Böll Foundation)は「オーガニックサラダを購入することが、間接的に極右運動に資金提供することにつながる」と警告する。雑誌『ウムヴェルト・アンド・アクティヴ(環境と活動(Umwelt & Aktiv)』は、ミツバチの個体数減少を警告して田園景観や環境を守ることを訴える一方で、イスラム原理主義を非難する等、排外主義的な主張も記事も散見されるのだ[3]

 そして、ドイツをはじめとする国々で、白人至上主義者たちは、YouTubeでレシピを披露し、動物性食品を摂取しない食生活を推進し、「アーリア人」にとってベジタリアン食は適切だと主張している。確かに、ベジタリアン食は肉食よりも生産に必要な耕作地が少ないため、ベジタリアン食を導入すれば各国が農業的に自給自足できるようになる可能性がある[3]

 有機農業史を研究するヨハネスブルグ大学のグレゴリー・バートン(Gregory Barton)教授は、工業化や都市化に対して農村を守ろうとする姿勢、そして、古代ローマにまで遡る小規模な独立した家族農家が農業の基盤となり、国を政治的にも安定させるとの考えは、ナチスのスローガン「血と土」のような民族主義的、土着主義的、ファシズム的な色合いを帯びた人間と大地とのつながりへの信仰へと容易に変容しかねないとの警鐘を鳴らす[5]

 有機農業は、コミュニティ支援型農業(CSA)のような進歩的な社会経済形態も生み出してきたが[5]、有機農法は往々にして、科学的なエビデンスに基づくよりも、神秘主義や近代化の拒絶、文化的な優位性につながりやすい。自国の自然や食文化、農産物を愛することは素晴らしいが、それは、同時に、それは閉鎖的なナショナリズムにも結びつく[6]。有機農業が育んできたよき伝統と黒歴史を認識しながら、排他性や優性思想につながらない立場をどう維持するか、常に意識しなければならない。

【引用文献】
[1] Organic Origin Story: Tracing the History of “Natural” Eating, April 23, 2015.
[2] John Toohey, The roots of organic farming lie in fascism, The Conversation, Jan 21, 2018.
[3] Irina Dumitrescu, Bio-Nazis’ go green in Germany, Food Politics, July 13, 2018.
[4] Anna Kelsey-Sugg, Tracing the link between natural food and the Nazis, ABC Radio National, Sep 14, 2018.
[5] Michelle Niemann, Organic Farming’s Political History, Jan23, 2020.
[6] The dark roots of faddish food movements,Our desire for self-sufficiency has a surprisingly unpalatable history, unherd, 14 Jan 2021.
[7] 佐藤優『いま生きる「資本論」』(2014)新潮文庫
[8] 佐藤優『いま生きる「階級論」』(2015)新潮文庫
[9] Taiwan’s Meat-Free Monday Reports Astonishing Progress, Generates Commitments From Government Sectors, the vegan business magazine, June 2, 2023.
[10] 丸本彰造『食糧戦争』(2024)経営科学出版
[11] Anay Mridul, Globally, 60% Believe in Climate-Smart Diets, and 89% Want More Govt Action, Greenqueen, Apr 22, 2025. 
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2025年01月02日

なぜ、ファイトケミカルな重要なのか

フリーラジカルがあらゆる病気の原因

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、癌、関節炎、糖尿病、心疾患と多くの病気の発病は遺伝子がかかわっている[1p256,p257]。ただし、たとえ原因となる遺伝子をもっていたとしても、そのスイッチが入って活動しなければ、発病はしない[1p256]。そして、疾患のきっかけとなる遺伝子を活性化する最大の元凶がフリーラジカルであることがわかってきた[1p246,p257]

 電子はふたつずつのペアになっている限りは安定しているが、ペアがいないとむやみやたらと他の電子と結合したがる[1p154,2p162]。新たな相手を求めてなんとても結合したがる電子を持つ分子をフリーラジカルと呼ぶ[1p155,2p162]

 最も悪質なのがハイドロオキシラジカル、スーパーオキサイドラジカルで[1p155,2p162]、過酸化水素等、一重項目酸素も電子の配列が不安定なためにフリーラジカルを生成させやすい。この4種類を「活性酸素」と呼ぶ[2p162]。その言葉どおり、いずれも酸素から生じる[1p155]

Bruce-Nathan-AmesS.jpg カリフォルニア大学バークリー校のブルース・エイムス(Bruce Nathan Ames,1928〜2024年)教授によれば、ひとつの細胞のDNAには、1日に約1万個ものフリーラジカルが攻撃を受けているという[3p249]。フリーラジカルを避けることはできない。呼吸をするだけで自然に作られるし、タバコの煙、大気汚染、水や食品に含まれる有害な化学物質、高脂肪の食品からもフリーラジカルは体内に取り込まれる[3p246]

 もちろん、フリーラジカルは悪いモノではない。体内に侵入してきたバクテリアやウイルスを駆逐するためにも使われている[3p246]。そして、フリーラジカルから受けたダメージの99%は抗酸化物質によって修復できる[3p249]。フリーラジカルは放置しておくと、たとえ癌にならないにしても細胞の機能を低下させる[1p172]。だから、酸素が届かない土中に棲息するバクテリアを除いて[1p158]、ヒトを含めて地上にいるすべての生物はフリーラジカルから身を守る酵素、SOD(スーパーオキシド・ジスムターゼ)を持つ[1p157]。SODは、フリーラジカルの攻撃を受け止めてこれを安定して無害な形に変える[1p170]

 けれども、不幸なことに加齢とともにフリーラジカルの生成量は増加する。一方で、25歳をすぎたことから体内での抗酸化物質の量は減る[3p253]。修復の手がまわらなかったダメージが長年蓄積をされて細胞の機能を損なわせる。臓器全体も機能不全に陥っていく[3p249]。これが、これが長年にわたって蓄積されると、老化のプロセスを加速させる。そして、心臓病、癌、糖尿病、関節炎、変性脳疾患等のあらゆる慢性病の元凶だとされている[3p246,3p249]

脂肪が酸化して細胞膜が機能不全に陥る

 こうした活性酸素のターゲットとして一番ダメージを受けやすいのが、細胞膜等の膜組織にビッシリと詰まっている不飽和脂肪酸だ[1p158,2p164]。飽和脂肪酸は炭素と水素とが規則正しく並んで強くつながっているので反応性に乏しいのに対して、不飽和脂肪酸は二重結合を持つために炭素と水素とがつながる力が比較的弱い場所がある。ここが活性酸素の狙い目となってしまう[2p164]。とりわけ、紫外線等を浴びると不飽和脂肪酸は活性化して活性酸素があれば直ちに結びつく[1p158]

では、細胞がどのようなステップを踏んでフリーラジカルのダメージを受けるのかをみてみよう。細胞が健康を維持するうえで絶対に欠かせないものが二つある。血液を媒体とした輸送システムと細胞膜の維持だ。けれども、この細胞膜の不飽和脂肪酸のひとつが活性酸素のダメージを受けたとしよう[1p160,1p163,2p164]。安定した水素を奪われているために脂肪酸そのものがフリーラジカル(脂肪酸ラジカル)となってしまい、隣接する不飽和脂肪酸を襲って水素を奪いとるから、雪崩式に酸化さて連鎖は反応のように広がっていく[1p160,1p163,2p164,3p248,4p73]。脂肪酸ラジカルは、隣の脂肪酸から水素をもぎ取って酸素と結びつく。こうしてできた不飽和脂肪酸はもはや元には戻れず[2p164]、まるで焼け焦げのように「過酸化脂質」として安定する。平たくいうと酸化した脂肪、腐敗した脂肪だ[1p158,2p165,3p251]。過酸化脂質が他の分子と反応したり分解すると二次酸化物が生成される。古くなった肉や魚から腐敗臭がするのはこのためだ。もちろん、食べると食中毒や胃腸障害を引き起こす[2p165]

 要するに、人体で一番不飽和脂肪酸が多く存在する場所は細胞膜だから、そこが最も酸化脂質ができやすい[1p159]。すると、ブドウ等の輸送、カルシウムの細胞外への放出といった細胞膜が本来果たすべき機能が果たせなくなる[3p248,3p251]。カルシウム濃度が高まると有害なグルタミン酸が活性化され、さらに多くのフリーラジカルが発生し、毒として働くアラキドン酸も活性化させる[3p251]。過酸化脂質はタンパク質まで変性させて役立たずにするし[1p161,1p163]、ミトコンドリアや核等の細胞内の成分もダメージを与え、細胞の機能を低下させ[1p163,3p247]、DNAを破壊して細胞に恒久的なダメージを与える[3p246,3p249]。ダメージを受けたミトコンドリアは自殺タンパク質に命令を下し[3p251]、ダメージを受けた細胞はアポトーシスとして自殺する[3p248]。細胞内にあるリゾソームが自然と潰れて酵素が流出。細胞を消滅させる仕掛けができている。だから、フリーラジカルがリゾソームの膜にダメージを与え、内包されている酵素の漏洩を引き起こせば、細胞全体が死ぬことになる[1p164]。実際にアルツハイマー病ではこのアポトーシスが起きている[3p248]

 また、酸化LDLコレステロールも有害なためにマクロファージが食べて分解するのだが、分解された脂肪が血管内に蓄積し[3p251]、血管を硬くし最終的には血管を詰ませて塞ぐ[3p251,4p73]

癌もフリーラジカルによって引き起こされる

 ミトコンドリアの内膜ではブドウ糖の燃焼という発電作業がなされているが、この部分に不飽和脂肪酸が豊富に含まれているため、フリーラジカルの攻撃に対して非常にもろい[1p164]。正常な細胞はクエン酸回路を通じてブドウ糖を完全燃焼させ38個のATPを獲得している。酸素がない状況ではブドウ糖はクエン酸サイクルに入り込めず最終的には乳糖となって、ATPが二つしか作られない。これがブドウ糖の不完全燃焼だ。けれども、癌細胞は酸素がある状態であっても常にいくらかのエネルギーをブドウ糖の不完全燃焼から得ている。この事実から、1931年にノーベル医学・生理学賞を受賞したオットー・ワールブルグ(Otto Heinrich Warburg, 1883〜1970年)博士は[1p165]、これはミトコンドリアがダメージを受けてクエン酸サイクルでの発電が十分に行えないためであって[1p166]、これが癌発生の原因だと考えた[1p165]。癌細胞は正しい機能を失っているため、他の細胞とつきあう能力がなく、異常な分裂と成長をしていくからだ[1p166]

フリーラジカルに最もダメージを受けやすいのは脳

 そして、最もフリーラジカルに悩まさる臓器が脳だ[3p246,3p250]。脳は活発に活動しているため他の臓器よりもフリーラジカルが多く発生している[3p247,3p248]

 第一に、脳の重さは体重の2%しかないが、身体全体のエネルギーの20〜30%を消費している[3p194]。つまり、脳は他の臓器よりも大量の酸素が消費されている[3p247]

 第二に、脳の50%は脂肪でできていて[3p248]、脂肪の比率が多い[3p247]。これは、フリーラジカルが産み出される温床が多いことを意味する[3p248]

 第三に、脳内には鉄が豊富に含まれているが、これも脂肪の酸化を進めるスパークとなる[3p247]

第四に、もともと抗酸化物質が不足しやすい。だから、米国タフツ大学のジェームズ・ジョセフ博士は、臓器の中でも最も抗酸化能力が低いのが脳だとする[3p250]

 実際に変性脳疾患の患者の脳では、フリーラジカルがダメージを与えていることがわかっている。ケンタッキー大学の老化センターによるアルツハイマー病患者の脳と健常者の脳との比較研究では、アルツハイマー病患者の脳では過酸化脂質が高濃度で検出され、かつ、抗酸化酵素カタラーゼの活動も高まっていた。なんとかフリーラジカルのダメージから細胞を守ろうと試みたが、防ぎきれなかったのだ[3p258]

抗酸化物質はネットワークを組んでフリーラジカルを防いでいる

Laster-Packer.jpg とはいえ、フリーラジカルが細胞内の核内部のDNAと接触してダメージを与えることを防げれば発病はしない。抗酸化物質が遺伝性疾患病への罹患を防ぐうえでも大切なわけはここにある[3p257]。そして、抗酸化物質は息の合った絶妙なチームワークを組むことによってフリーラジカルのダメージを防いでいる。このことが解明されたのも比較的最近のことだ。それまでは抗酸化物質はそれぞれ別々に働くと考えている研究者もいた。けれども、カリフォルニア大学バークレー校のレスター・パッカー(Lester Packer,1929〜2018年)教授が「抗酸化物質ネットワーク理論」を打ち出すことで、抗酸化物質の効果が最大に発揮される仕組みがみえてきた[3p254]

 では、抗酸化物質がフリーラジカルのダメージをどのようにして無力化しているのだろうか。まず、抗酸化物質はフリーラジカルと融合して電子を与えることで安定させる。けれども、逆に抗酸化物質自体が不安定化しフリーラジカルとなってしまう[3p254]

 とはいえ、活性酸素よりは反応力が低いため害は大きくはなくすぐに分解される。おまけに、近くにある別の抗酸化物質から電子をわけてもらえば、元の状態に戻って戦線に復帰できる[3p255]。ビタミンEは脂溶性であることから細胞膜でフリーラジカルのダメージを防いでいる[4p73]。ビタミンEも酸素ラジカルを無害な形に分解するが、一度働ければすぐに役立たずになってしまう。一発しか弾がない火縄銃をもって戦っているようなものだが、ビタミンCがあると次のフリーラジカルと戦えるようになる。脇にいて銃に弾を詰めているようなものだ。ただし、ビタミンCもひとつしか弾をもっていないので、一度それをビタミンEに渡してしまうとそれっきりである。単発の火縄銃が二連発になっただけの話である。けれども、ここにビタミンB2やB3があるといくらでもビタミンCに弾を詰めてくれる[1p173]。つまり、ビタミンEは、ビタミンCやコエンザイムQ10から電子を受け取ることで、抗酸化物質としての力を取り戻す[3p252,3p255]。ビタミンEが銃を撃つたびに素早く弾込めをして手渡せるようになり、いきおいビタミンEはフリーラジカルをなぎ倒す機関銃に変身する。つまり、ビタミンEは、ビタミンCとビタミンB2、ビタミンB3と一緒に取ることが理想なのである[1p174]

 とはいえ、こうした蘇生力を持つ抗酸化物質は限られ、パッカー教授は、ネットワークを形成する抗酸化物質として、ビタミンE、ビタミンC、グルタチオン、コエンザイムQ10、リポ酸をあげる[3p255]。このうち、リポ酸は他の抗酸化物質だけでなく、リポ酸そのものも蘇生させる能力を持つ[3p256]

ファイトケミカルを含む野菜と果物で抗酸化レベルは高まる

 なお、ベーター・カロチンにも抗酸化作用がある[1p172,1p176]。1968年にフート・デラー博士はベーター・カロチンが植物をフリーラジカルから守っていることを発見し、その後の実験動物を使った研究でもベーター・カロチンが抗酸化物として働くことを確認している[1p176]。つまり、ほんの過去十年ほど前だが、野菜や果物には、ビタミンとミネラル以外に強力な抗酸化力を持つファイトケミカルがあることがわかってきた[3p259]。色が濃い野菜や果物に含まれるフラノボイドには4,000種類もの抗酸化物質が見出されている[3p260]

 米国農務省の研究者たちは、トマトに含まれるリコピン、緑色野菜に含まれルティン等の抗酸化物質を分析・定量化してきたが、さらに重要な研究がタフツ大学の農業研究者、グオファ・ハワード・ツァオ(Guohua)博士によってなされている。

 個々の抗酸化物質ではなく、食品全体のフリーラジカルを無害化する「活性酸素吸収能(Oxygen radical absorbency capacity=ORAC)」を分析する方法を開発したのだ[3p260]。これによって、ORACは野菜と果物が高いことがわかったのである[3p262]

 栄養学の進展によって「漠然と野菜を果物を食べましょう」といったレベルではなくなっている。どのような野菜と果物をどれくらいの量を選択すればよいのかまで進んできている。タフツ大学でなされた実験から若者では5〜6日で抗酸化能が高まり、60歳以上の老人では10〜11日がかかるが、それでも若者と同じレベルまで高まる[3p269]

抗酸化食品を食べていたラットは老化が防げ、若返りもできた

 ヒトや動物では加齢とともに知覚機能を司る新線条体にある細胞がドーパミン等の神経伝達物質を放出する力が衰える。ラットでは中年までに反応力が40%失われる[3p271]。それは、フリーラジカルのダメージを受け細胞膜に備わっているレセプターの感度が鈍くなるためだとされている。

 そこで、タフツ大学のジェームズ・ジョセフ博士らは、ラットを対象に生後6カ月(人間でいうと20歳に相当)から記憶力が衰えはじめる中年期まで8カ月間に通常の食と試験食として(ホウレンソウ、イチゴ、ビタミンEを添加した食事)を与え、生後15カ月(人間でいうと45〜55歳)で[3p270]、水中に隠された休息用の台を見つけさせることで短期記憶と長期記憶の変化を調べてみた[3p271]

 その結果、対象食を与えたラットでは予想されたとおり記憶力が低下したが、試験食を与えたグループでは脳機能の低下が見られず、若いラットと変わらない量のドーパミンが放出されていた。新線条体の脳細胞の機能も対象群の2倍も高かった[3p272]。そして、ビタミンEよりもホウレンソウとイチゴの方が効果が高かった[3p273]

 この結果を受けて、ジョセフ博士は、人間でいうと65〜70歳に相当する高齢のラットに、ホウレンソウやイチゴよりも抗酸化力が高いブルーベリーを与えてみた[3p274]。8週間、これらを食べたラットは、すでに老化によって記憶力や運動神経、バランス能力が低下していたのだが、その脳は回復した。

「若者レベルになったラットもいますし、最悪でも中年レベルです。こんなに仰天したのは初めてです」とジョセフ博士は驚きを隠せない[3p275]

 短期記憶はすべてのグループで改善されたが、バランス等の調整感覚はブルーベリーをとったグループでだけ改善された。細い通路を高齢のラットに歩かせると5秒もしないうちにバランスを崩して転落してしまうのだが、2カ月間ブルーベリーをとったラットは、約2倍の11秒も台の上を歩けるようになった[3p276]。その理由は神経伝達物質を受け取る感覚を失っていたレセプターの一部が再び機能し始めたためであった[3p277]

人間
 それでは、このタフツ大学の動物実験は人間にもあてはまるのだろうか。フランス国立衛生医学研究所(INSERAM)が1,400名を対象にすでに研究を行っている。野菜や果物をよく食べ、それ由来のカルテノイドの血中濃度が最も高いグループは最も低いグループよりも論理判断や視覚注視力のテストの成績が35〜40%も高かった[3p278]。

 スイスのベルン大学のウォルター・ベリグ博士も65〜94歳までの健康な男女442名を対象に研究を行っている。現在と22年前の記憶力のテスト結果を比較したところ、ビタミンCとベータ・カロチンの数値が高い被験者が、記憶想起、記憶認識、語彙記録でいずれもよい成績をあげることがわかった[3p279]

 ケンタッキー大学のサンダース・ブラウン老化センターのデービッド・スノードン博士は、高齢の尼僧を対象に抗酸化物質リコピンの効果を調べた。77〜98歳までの88名のうち、リコピンが平均以下のグループは平均以上だったグループと比較して、介助を必要とする確率が4倍近くたかかった。スノードン博士はリコピンがフリーラジカルのダメージを中和したためだと推測する[p280]。そして、最近、イタリアでなされた研究によれば、トマトピューレから1日16.5mgのリコピンを21日とったところ、抗酸化力が高まり、DNAがダメージを受ける確率も3分の1減った[p281]

 フリーラジカルのダメージで細胞の全体的な健康が失われていくことが老化や様々な成人病の原因であることから、ビタミンB3(ナイアシン、ニコチン酸)には脳の機能を高めることが多くの研究から判明している[4p67]。そこで、ジン・カーパー(Jean Carper)は、「脳にとって最善のことは抗酸化物質を摂取することだ」と述べる[3p245]

編集後記

 本書は、米国の栄養ジャーナリスト、ジーン・カーパーの著作のまとめである。フリーラジカルのダメージを緩和するうえではミネラルとしてセレンも重要である。そこで、次回はセレンとミネラルについても書く。

【画像】
ブルース・エイムス名誉教授の画像はこのサイトより
オットー・ワールブルグ博士の画像はこのサイトより
ジェームズ・ジョセフ博士の画像はこのサイトより
レスター・パッカー教授の画像はこのサイトより
グオファ・ハワード・ツァオ博士の画像はこのサイトより
ウォルター・ベリグ博士の画像はこのサイトより

【引用文献】
[1] 丸元淑生『豊かさの栄養学』(1986)新潮文庫
[2] 丸元淑生『豊かさの栄養学2』(1991)新潮選書
[3] ジーン・カーパー、丸元淑生訳『奇跡の脳を作る食事とサプリメント上』(2013)ハルキ文庫
[4] ジーン・カーパー、丸元淑生訳『奇跡の脳を作る食事とサプリメント下』(2013)ハルキ文庫
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2025年01月01日

シン・オーガニックへの道のり:土と内臓を読み直す・下

光合成でゲットした4割の資産を地下に投資する植物たち

 植物は光合成で合成した炭水化物、アミノ酸、ビタミン、フィトケミカルに富む微生物の餌を「滲出液」の形で根圏から放出している[1p120,2p46,3p76]。例えば、タバコは2,500種類ものファイトケミカルを作り出している[1p120]。その量は光合成をした量の3分の1以上、20〜50%に及ぶ[2p46,3p78]。まるで、農家が収穫物の3分の1を畑の端において道いく人に持っていかせているようなものではないか[1p122]。科学者たちは、最初は、これは根から消極的に漏れてしまうものなのだと考えていた。けれども、根の表面細胞からは他の細胞よりも、ミトコンドリアや細胞内膜構造、小胞が多い「境界細胞」が見つかる。そして、「境界細胞」が滲出液を作って根から押し出す助けをしていることがわかった[1p122]

 つまり、根からの滲出液が微生物の餌となり、土壌微生物叢を支えている。微生物の身体が土壌の主な炭素源となっている[3p78]。最近まで科学者は土壌中の有機物はすべて枯れた植物質由来だと考えていた。けれども、研究者が炭素同位体(13C)で細菌に標識をして1年ほど試験圃場に放置したところ、土壌有機物の最大80%を占めていたのは死んだ微生物であることがわかった[1p113]。だから、土壌炭素の量は微生物に大きく左右される[1p120]。2017年になされた世界56の研究から、有機農地と慣行農地との16年の比較から、有機農地の方が微生物バイオマス量が50%多くの炭素と窒素が含まれ、微生物の多様性と活性も高かった[3p78]

 根圏では、適切な種類の細菌の棲息密度が一定数に達するとクオラムセンシングとして知られる情報伝達を誘発し、植物の生育を助ける化合物の放出が調整される。そのため、成長促進の効果がいっそう発揮される。言い換えれば、微生物は十分な数がいるときだけ、植物に影響を及ぼすように働く。そして、植物はこの見返りとして滲出液を出す[2p47]

 ニューメキシコ州立大学のディビッド・ジョンソン(David Johnson)准教授もトウガラシを用いて温室試験を行ってみたのだが、その結果、判明したのは、土壌有機物濃度が低い場合には植物が光合成で固定した炭素の97%以上は土壌に流れ出す[3p163]。つまり、植物はまず土壌有機物と微生物群を増やそうとする。そして、土壌有機物濃度が3%に達して、菌類個体数が多いと多くが生長や実の形成に使われる[3p164]。そして、植物は微生物がいないときではなく、有益な群集が存在するときに最もよく生長するのだ[3p78]

 もちろん、植物は抗菌物質を作り、病原体を殺したり弱らせたりすることができる。例えば、トウモロコシは、抗菌物質ベンゾキサジノイドを放出する[1p125]。植物は根から有機酸、糖質、アミノ酸を吸収さえする。ある植物は根から有機酸を放出しているが、この有機酸が根圏でリン吸収を高めている[1p129]。これほどの能力があるにもかかわらず、微生物を養うために根が養分を出しているのには次のようなメリットがあるからだ。

植物側が得る見返り―ミネラルは微生物がいることで提供されている

Kristine-Nichols01.jpg ロデール研究所の土壌科学者クリスティン・ニコルズ(Kristine Nichols)博士は、土壌化学と土壌物理学は土壌生物学に道を譲りつつあると主張する。

「化学や物理学が間違っているわけではないが、これまでの考え方は全体像を示しておらず欠けたものがある」と言う[2p176]

 モントゴメリー教授も大学で土壌の肥沃度を左右するのは、物理と化学だと教えられたが、「これは神話だ」と語る。間違いではないが一部でしかない。例えば、標準的な土壌の化学試験は水溶性の成分だけを計測するが、それはごく一部であって土壌有機物の中に抱え込まれた栄養分は土壌試験では出てこない。土壌生物が植物が利用できるようにミネラルを転換する能力が見落とされている[2p44]。土壌細菌や菌類は菌類自身は光合成ができないから、酵素と有機酸を出し、岩石や有機物に含まれるリン、亜鉛、鉄といったミネラルを放出させて植物が吸収できるように助けている[3p39,3p40]。例えば、リンは水溶性での植物可給態では長く存在しない。ほとんどのリンは微生物の助けがなければ利用できない[2p177]。リンや鉄は滲出液で繁殖する共生細菌が作り出す代謝物によって、キレート化されて植物が利用しやすいようにかわる。菌根菌があることでリン他の養分の吸収量は2〜3倍となる。その見返りとして植物は菌類に炭水化物を提供している[1p119]

Eve-BalfourS.jpg イブ・バルフォアが実践で見出したリンの動向は興味深い。有機区画の可給態リン濃度は晩夏にピークがあり、腐植含有量が高い畑で最も高い濃度が観察された。これは土壌中の生物活動が高まったためで[3p62]、作物が必要とするときに必要とされる量のミネラルを土壌生物が植物に利用できるようにしていることを意味する[3p63]。逆に家畜がおらず化学肥料を与えた区画では可給態リン濃度は不安定で、施肥直後の晩秋にピークがあった[3p62]。植物可給態ミネラルの供給源と季節的変動に関する発見がホーリー実験の「重大な貢献だとバルフォアは考えたが[3p62]、土壌生物が肥沃度を主に調節しているとの主張は当時としては、正統的な考え方に真っ向から挑戦するものだった[3p63]

 それでは、土壌有機物量を増やして、ミネラルを運ぶ微生物を復活させれば作物のミネラル量は変わるのだろうか。ある小麦農家が、通年畑を被覆することで除草剤を使わずに雑草を抑制できるか比較をした。2年後に収量は同じだったが、不耕起、除草剤を使わないと無機微量元素を加えないのに、ホウ素、マンガン、亜鉛を35〜56%、銅、鉄、マグネシウムは18〜29%も多く含んでいた。この増加は、いま報告されている歴史的なミネラル分の減少に匹敵する。土壌成分はわずか2年では変わり得ない[3p47]。つまり、被覆し除草剤を止めることによってミネラルを土から作物へと運ぶ地下微生物の大群が育ったのだ[3p48]

 デビッド・ジョンソン准教授の2009年の圃場試験でも、なにひとつミネラルを加えていないにも関わらず、植物が利用できる微量栄養素が、銅で40%、亜鉛で62%増え、モリブデンと鉄は10倍以上、マグネシウムと窒素はほぼ2倍となった[3p165]

 つまり、微生物が増すほど、銅や亜鉛等、植物が利用できる養分は増える。ほとんどの土壌には、すべてではないが、植物が育つために必要な元素が含まれているが、それが植物が吸収できるカタチであることが必要だ。それを転換するのが微生物なのだ[2p48]

 慣行農場とリジェネラティブ農業の栄養素を比較した研究では、後者の方がビタミンKが3分の1、ビタミンEが15%、ビタミンB1が14%多く、総フェノール類、ファイトステロール、カルチノイドも15〜22%多く、カルシウムは11%、リンは16%、銅は27%多く含まれていた[3p158]

植物が得る見返り―窒素も微生物から提供されている

 イブ・バルフォアの実験では、主流の考え方とは相反し、化学肥料をつかっていないのに可給態窒素の量は有機区画で最も高かった。一方、家畜がいない区画は毎年窒素肥料を加えていても土壌窒素は増えていなかった。作物は畑に施肥された肥料の半分以下しか吸収できず、残りは流出して下流の水を汚染した。ここからバルフォアは、化学肥料の施肥は無駄であることが証明されたと結論づけた[3p62]

 ヒルトナー教授は、ある種の細菌が窒素を利用できるようにしていることに気づいていた。マメ科植物はフラノボイドというフィトケミカルを作り出し、根滲出液中から放出する。すると、リゾビウム属の根粒菌は根圏に引き寄せられる。そして、植物に対して「ノッド因子(nodule-forming factor)」と称される特殊な分子で答える。この分子が身分証明書の役割を果たし、その細菌が間違いなく根粒菌であることを植物に伝える。こうして植物との関係が築かれる[1p126]

 窒素固定細菌はマメ科植物だけでなく、ハンノキ、ポプラ、ヤナギの他、コーヒー、トウモロコシ、サトウキビの根圏でも棲息していることが発見されている。窒素固定菌による窒素の提供量は約225kg/haにも及ぶ。これは、コムギやトウモロコシでの窒素施肥量100〜225kg/haを十分に埋め合わせる。サトウキビの茎内で繁殖するアケトバクター・ジアゾトロピカスは最大で約175kg/haの窒素を固定し、やはり化学肥料の代替えとなっている。窒素肥料が発明されるまでは植物内の窒素のほとんどは細菌に由来するものであった[1p127]

 犂は農家と土壌にとって諸刃の剣である[3p68]。耕せば一時的に土壌微生物による有機物の分解が進むから、栄養素も放出されて成長速度が一気に高まり[3p68]、細菌群集は急増する[3p70,3p71]。けれども、窒素が直ちに利用できるとはいえ、作物が成長で窒素を必要とする時期はもっと後だ。このずれはいわば赤ん坊にステーキを食べさせるようなもので、たいがいが放出された窒素は畑から流亡する[3p71]

 細菌や菌類は腐植者であるため有機物を食べる。節足動物、センチュウ、原生動物は捕食者であるため、それを食べる。微小な捕食動物の排泄物は窒素、リン、微量栄養素を含み、優れたミクロ堆肥となる[2p48]

 典型的な土壌試験の手順では、窒素固定菌がどれだけ窒素を供給できるか、分解によってどれだけ窒素が有機物から放出されるかは測定されない。だから、窒素が過剰施肥になる。土壌有機物と生物活性が最高レベルの農場での窒素施肥の最適量はゼロである。言い換えれば、健全な土壌に窒素を与えることは金の無駄なのである[3p76]

吸水範囲が広まり旱魃に強くなる

 例えば、植物は、アミノ酸の分泌液であるトリプトファンを根から放出するが、根圏に棲む細菌はこれを植物成長ホルモン、インドール酢酸に変える。これによって、植物の根は長く伸び、支根が生え、根毛の密度が高まる[1p124]

 菌根菌と植物との化学信号でのやりとりは窒素固定菌のようにはまだ良くわかっていないが、菌糸にも「ノッド因子」に相当する「ミック因子」がある。まず、菌糸が枝分かれをはじめ宿主の根と接触すると、植物はフラノボイドを放出する。菌根菌は植物体には侵入できないが、根毛の延長として機能し、根系の表面積を10倍にも増やす[1p128]。当初、根は単なる植物の支えでしかなかった。菌類が植物のための吸収をしていた。土壌が形成されはじめてからようやく植物は根を進化させた[2p177]


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 ロデール研究所のクリスティン・ニコルズ博士は、ヘンリー・ウォレス農業研究サービスの持続可能な農業システム研究室の土壌学者、サラ・ライト(Sara F.Wright)博士の下でグロマリンを研究していた。

 菌根菌は最初に作るのが菌糸であり、次に菌糸の壁でグロマリンを作ってそれを土壌中に放出する。なぜ、土壌の中にでていくだけの物質をつくるためにこれほどのエネルギーを注ぐのだろうか。それは、なぜ植物が炭素が豊富な糖を根から土壌中に放出しているのと似ている。グロマリンは分解しずらいために微生物の餌にはならないが、菌糸の壁の防水剤となる。樹脂塗膜のように働くことで、菌糸は物資を土壌中で長距離輸送できる。同時に、グロマリンは接着剤のように働いて土壌が団粒を作るのを助ける[2p179]。つまり、菌根菌は土壌浸食を防ぎ、土壌の物理性を改善し透水性を高める[1p119]

 シンギングズ・フロッグス農場では、ある生物から別の生物へと窒素が循環するため窒素は流亡していない。表面流出も起こらない[3p145]。そして、水の浸透速度は近隣のブドウ畑の25倍以上も早く1時間に500mm以上の降雨を吸収するのに匹敵する[3p148]

植物側が受ける見返り―病害虫防除

 滲出液に非病原性細菌が引き寄せられ、養分を消費すれば病原菌は餌を得られない。また、有益微生物が根の表面に集まれば、根を覆う生きた保護被膜となる[1p123]

 さらに、葉が病原菌に攻撃されると、植物は根の細胞に化学物質でメッセージを送る。根の細胞はリンゴ酸を含む滲出液を放出し始める。枯草菌が引き寄せられ、数時間のうちに根に集落を作る。そして、枯草菌が出す物質によって、植物の気孔は閉じられ、病原体を防ぐのである[1p125]

 菌根菌も地下で植物に信号を送りトマトべと病等を引き起こす病原体に対する防御を助けている[3p40]

 さらに、根圏細菌は主に、放線菌、フィルミクテス、バクテロイデスからなるが、とりわけ、放線菌が、病原性の菌類、菌類、ウィルスを阻害する物質を生産する[1p125]

 動けない植物は昆虫や草食動物を追い払ううえでも、土壌微生物が代謝で作り出した物質を発散する[2p48]。根からの滲出液という報酬を提供することで、農薬製造を外部委託しているとも言える[2p49]。細菌群集は病原体を抑制し、活性化された有益な土壌センチュウは植物に寄生するセンチュウを抑え込む。だから、生産もより高くなる[2p50]

土壌有機物は根からの滲出液が作っている

 多くの植物は窒素固定細菌と共生している。トレーサーでタグをつけた肥料を使った実験からは、作物が土壌有機物から多くの窒素を取り込んでいることがわかる。だから、窒素肥料を多く使うと有機物の分解速度を上げる微生物に餌を与え、土壌有機物量を減らしてしまう[3p75]

 ディビッド・ジョンソン博士は2009年に圃場試験を行った。実験開始時には土壌はかなり痩せていて0.4%しか有機物が含まれていなかったが[3p164]、4年目には2倍の1.2%となり、菌類群集も20倍以上に増えた。そして、2019年には1.7%と4倍に増えた[3p165]

 クリスティン・ニコルズ博士が案内した慣行農法の試験区画ではA層が23pしかないが、有機区画は30.5cmもある。1981年からの試験で7.5pも余計に表土を作れる。10年で2.5cmに近い[2p181]

 サンクランシスコの小規模野菜農場、シンギングズ・フロッグス農場のポール・カイザーとエリザベス夫妻(Paul and Elizabeth Kaiser)は、2007年に土地を手に入れた[3p139]。当初は耕起していたが、止めた。[3p140]。有機物含有量は1〜3%だったが、不耕起にすると1年に平均1%高まり、10〜12%で安定した[3p142]

 土壌有機物と土壌の健康が最も増加するのは、不耕起と被覆作物、多様な作物の輪作を組み合わせた場合である[3p73,p74]。例えば、ブラジル南部での25年に及ぶ研究では、慣行農業で耕起すると土壌有機物が自然な土壌の5分の1以下まで減少した。しかし、不耕起、被覆作物や多様な輪作に転換するとわずか20年で土壌有機物はほぼ完全に回復した同様の結果は、ガーナ、オハイオ、カナダのサスカチュワン、南北ダコタでも目にできる。リジェネラティブ農業が土壌有機物を現地の自然の土壌に近いか、あるいは、それを上回るレベルまで回復させている[3p73]

 慣行農場の土壌では有機物が2〜5%しか含まれていないのに対して、リジェネラティブ農業の土壌は一貫して有機物が多く、3〜12%含まれている。土壌健康スコアも慣行農場のスコアが3〜14であるのに対して、11から30と高い[3p158]

共進化してきた植物と微生物の関係を壊す

Justus-von-Liebig.jpg リービッヒが腐敗した有機物が必須栄養素を土壌に戻していることをようやく理解したのは晩年のことだったし[1p86]、リービッヒの時代の科学者たちは、土壌微生物の働きも見落としていた[1p130]

 なぜ、菌類と植物が協力関係を築いたのかを知るには進化史に目を向けるといい[3p43]。最初の植物は4億5,000万年ほど前に進化したが、当時から根と共生する菌根菌と共生してきた[2p46]。植物と菌類との共生関係は、マメ科植物と窒素固定菌との関係よりもはるかに古い。裸子植物ではすべて、そして、顕花植物では約80%が共生関係を結んでいることからもそれがわかる[1p128]。根圏にある太古からの関係を断ち切れば、微量栄養素の作物への移動に影響がある[3p40]

耕起は土壌生態系を攪乱し天敵を減らす

 第一は、耕起だ。習慣的に耕すことは絶え間ない災害のようなもので土壌有機物の蓄積が追い付かず、地下の生物群集の力を弱める[3p71]。一般に言われる地面に降った雨が染み込みやすくなるというのは誤りだ[3p68]。水を地中へと運ぶ自然の通り道が破壊される。1995年になされた100本を超す査読論文のレビューから耕起が土壌食物連鎖を攪乱することがわかっている。2014年の研究からミミズは作物収量を平均25%増やすのだが、耕起はミミズを殺す[3p69]。1世紀にわたる長期試験を対象とした2018年のレビューから、ミミズバイオマスが平均で80%も以上失われることがわかっている。逆に不耕起の農地は犂を入れたことがない草原と同じほど多くのミミズ、2〜3倍も多くの微生物がいる[3p70]

 耕起は害虫を食べるクモを減らす。また、生け垣や樹木をなくせば捕食昆虫が減る。だから、害虫駆除の必要性が増す。逆に不耕起栽培とマルチをするとクモ等の捕食者の群集が多様化する[3p204]

 2018年にコーネル大学と米国農務省が慣行農法での耕起と不耕起の畑を比較したところ、12年不耕起栽培した畑は土壌有機物量と微生物バイオマスが多く、表面流出が少ないことがわかった。堆肥を組み合わせるとさらに望ましい結果が得られる。

 カリフォルニア大学デービス校の20年近い比較研究では、化学肥料を施肥した農地では土壌有機物は増えなかったが、被覆作物と鶏糞堆肥の双方を使うと土壌炭素濃度が年間に0.6%程度増えた[3p72]。1992年にドイツのミュンヘン北部で始まり21年に及ぶ有機と慣行、耕起と浅耕を比較した研究からは、微生物は有機物で増え、菌類は最小耕起から恩恵を受けることがわかる。つまり、豊かで多様性に富む細菌と菌類の集団が欲しければ、細菌に餌を与え、菌類をかき乱さなければよい。有機肥料と最小耕起の組み合わせがベストなのである[3p152]

 耕起と最小耕起、不耕起栽培とでトウモロコシ、ダイズ、オオムギのエルゴチオネイン量を比較した2021年のペンシルベニア州立大学の研究によれば、不耕起で最も多かった[p380]

化学肥料は微生物・ファイトケミカルを減らす

 第二は化学肥料だ。化学肥料を大量に使うと土壌が酸性化し、土壌微生物群集が変わる[2p49]。化学肥料から栄養分が手に入るので植物は窒素、リン、カリウムを土壌に棲む共生生物からもらわなくてもすむ[3p77]。だから、植物は根から滲出液を放出しなくなる。結果として、根圏の微生物は餓死してしまう[2p49]。また、化学肥料を使うことで土壌の窒素量が増えると菌根菌の量と多様性が減る。したがって、化学肥料で窒素を与えるほど菌類との関係から得る利益が減る[3p77]。窒素は入手できても、それ以外の元素は土壌生物がいないと手にはいらない[2p49]。栄養分を提供する菌根圏を根絶し、病害虫を抑制する微生物の役割が失われれば、それを化学肥料と農薬で穴埋めしなければならなくなる[2p50]

 窒素肥料を施肥すると植物の防御に欠かせない後述するファイトケミカルの生成が減る。例えば、リンゴに多量の窒素肥料を施肥すると生長は促されるが、若葉に含まれるフェノール系のファイトケミカルが減る。植物は窒素固定細菌を根圏に呼び寄せるためにファイトケミカルに富む滲出液をわざわざ作り出す必要性がなくなるからだ。このため、化学肥料を施肥したリンゴはリンゴ黒星病に感染しやすくなる[3p112]

 化学肥料を使うと害虫が増えるため[3p206]、農薬必要性も増すのだが[3p205]、それは、窒素肥料を大量に施肥すると葉に多くの窒素が含まれ、害虫の繁殖力も増すからだ[3p205]。害虫もまたその食べ物が食べたモノからできている[3p206]

 そして、植物は栄養が不足したり厳しい状況におかれるとフラノボイドを増やす。慣行栽培で栽培された作物は肥料によって甘やかされているため、フラノボイドを産生する刺激が足りない。これが有機農業ではフラノボイドが増える理由だ[3p178]。有機栽培されたイチゴの抽出物は慣行栽培のイチゴの抽出物よりも癌細胞の増殖を防ぐ効果が高いが、これも抗酸化ファイトケミカルの濃度が高いためだとされている[3p192]

 現在主流の農法の支持者は、化学肥料によって収量が高くなったことを指摘し、化学肥料がなければ我々は皆飢え死にすると主張する。しかし、有機農法の生産量が低いことを報告する研究の多くには、移行期や劣化して有機物に乏しい土壌の名残りからのデータが含まれている[3p74]

グリホサートはミネラルとファイトケミカルをなくす

 第三は、グリホサートだ。植物は動くことができない[3p109]。無防備であれば草食動物の格好の標的だ。だから、有害な菌類を阻止する抗菌作用を持ったり、草食性の昆虫や哺乳動物から身を守るためファイトケミカルを作り出している[3p110]。つまり、化学合成農薬が登場するまで、数億年も植物はファイトケミカルを用いることで害虫に抵抗してきた[3p199,3p203]。例えば、ブロッコリーやケール等が作り出すスルホラファンは嫌な味がするため昆虫は食べない[3p111]。そして、植物はシキミ酸回路を用いることでフェノール類を作っているが、この回路をグリホサートは遮断する[1p179,3p204]。だから、慣行作物はフェノール類の含有量が低い[3p204]。つまり、グリホサートはファイトケミカルを減らす[1p179,1p374]。ファイトケミカルはミネラル分を獲得するうえで役立つ。植物はフラノボイドが豊富な滲出液を放出することで、窒素を固定したり、鉄、亜鉛、銅を可溶化する微生物を引き寄せているからだ[3p111]。だから、栄養に不足すると植物は通常フェノール化合物の生成を増やす[3p112]。そして、ミネラルはストレスや病気への抵抗力の中心となる植物のメカニズムを調整する酵素に欠かせない成分である[3p115]

 ところが、グリホサートもともと金属キレート剤、腐食したパイプの内側の金属屑を取り除くために作られ、1964年に特許が取られた。モンサント・ケミカルが除草剤としての特許を取得するのは1969年だ。金属キレートが土壌に加わると、銅、鉄、マグネシウム、亜鉛等を結合して、土壌微生物叢や植物に利用できなくなる[3p81]。例えば、グリホサートは銅や亜鉛の取り込みをかなり減らすし[3p114]、マンガンと結びついてファイトケミカル合成に関わる30数種の酵素を活性化させる補因子を植物から奪う。マンガンが欠乏した植物はリグニンやフラノボイドの生成量が少なくなり病原体に対して脆弱となる[3p115]。そして、グリホサートは窒素固定菌がコロニーを形成する能力も阻害する[3p114]

 グリホサートを散布すると菌類による根腐れ病が起こりやすくなることが1980年代には記録され、その後の研究でメカニズムも特定されている。グリホサートを使うと根圏の微生物叢が変化し、その結果、病原体のコロニー形成を抑制する作物の能力が低下するのだ[3p113]。1997〜2007年までの10年にわたるミズーリ大学の研究ではグリホサートで処理したダイズは病原性菌類の根でのコロニー形成が未処理のダイズの2〜5倍にもなることがわかっている[3p114]

 微生物によるリンの輸送がグリホサートの使用によって最大84%も減少した研究もある。これは、グリホサートを使えば使うほど肥料の必要量が増えることを意味する[3p84]

 そして、グリホサートはミミズにも影響し、オーストラリアの実験では、3カ月もたたないうちにミミズの繁殖は半数以下に減った。フランスでの5年にわたる研究では除草剤や農薬を減らすとミミズが4倍に増えることがわかっている[3p82]

 実は、害虫に齧られたり低レベルで病原体に暴露されてダメージを受けると作物のファイトケミカル濃度を高める。この結論は、食欲旺盛な捕食者が大半の害虫を食べてくれるのであれば、害虫をすべて殲滅すべきではないということだ。作物を悩ませる害虫は多少いる方がいい[3p206]

リジェネラティブ農業で大地健全さを復活できる

Albert-Howard.jpg たとえ、土壌に肥料を加えても、それが植物の中に入る補償はない。栄養素が使われなければ、そこにあっても無駄に終わる[1p130]。ハワード卿もイブ・バルフォアも菌類が作物にとって有益であることは理解していたが[3p378]、こうしたダイナミックなメカニズムが働いていたことはハワード卿は知ることができなかった[1p129]

 植物の内部に棲む内生菌、エンドファイトは植物細胞内で植物の生長を促進したり、病害虫の耐性を向上させる物質を放出している。こうした関係は植物ではありふれたものだが、解明が進んでいる事例は少ないが[1p127]、当時よりも理解は格段に進んでいる[3p378]。ハワード卿が「還元の原則」を提唱してから半世紀が経過して、ようやく、そのカラクリがわかってきた。肥沃度は化学や物理だけではなく、土壌生態系と栄養循環が重要だったのである[2p49]。有益細菌の減少と菌類病原体の活性化は、ハワードとバルフォアが漠然と気づいていた工業型農業のマイナス面とぴったり一致する[3p84]

 ニューメキシコ州立大学のディビッド・ジョンソン博士とフェイ=チェン・スー・ジェンソン夫妻は、パイプを入れることで切り返しをせずに、堆肥の好気性と湿度を保つ「バイオリアクター」を発案する[3p160]。バイオリアクターの堆肥は市販の堆肥や化学肥料と比べて生長が2倍になる一方、窒素、リン、カリの可給度が生長と相関がないことを見出した。関係していたのは、菌類と細菌の比率で、相関係数は0.88であった。菌類が多いほど生長が促される。これは一般的な農学の見解とことごとく反する[3p163]

 有機農法の作物は一般に病害虫問題がさほどひどくならない。1995年のカリフォルニア大学デービス校のレビューは菌根菌の数が多いことが原因だとしている[3p116]

Bryan-OHaraS.jpg ニューイングランド州のコネチカットのタバコ・ロード農場のブライアン・オハラ(Bryan O'Hara)は1990年から有機農業を始めた。当初、農場の有機物含有量は3%、pH4と酸性だったが、いまでは最大で11%、pHも中性となっている[3p129]。土壌生物のはたらきのため[3p137]、農場のある地域の土壌はもとより亜鉛や銅の濃度が低いが、農場の作物の微量濃度は十分にある[3p136]。不耕起で地面がいつもマルチか植物に覆われた状態にしておくことが農場の鍵である[3p134]。劣化した土壌を回復させるには、有機物含有量を増やすことが必要である。有機物は土壌細菌と菌類の餌となり、微生物バイオマスだけでなく植物バイオマス量も増やすからだ[3p151]

 慣行農法とリジェネラティブ農業を比較した2012年のアイオワ州立大学の研究は、収量や収益性が慣行を上回り、窒素や除草剤の使用量が5分の1以下で、表面から流出する窒素やリンもわずかだった。14年にわたるフランスの研究では、有機農業や保全農業では、ミミズ等、肉眼で見える土壌生物が2〜25倍となり、微生物(細菌と菌類)は30〜70%も増えた。そして、不耕起と被覆作物の組み合わせが最も土壌生物叢のためになることがわかった[3p85]

ミネラルとファイトケミカルを重視した食に転換する

 近代農業は、なによりも収量を優先して追求してきた。大量の化学肥料や農薬を使い、収量増のために品種を改良し、家畜の生理にあわない飼料や飼育環境を作り出してきた。結果として、有益な土壌生物が根絶やしにされ、栄養循環が妨げられ、ファイトケミカル、ミネラルが減り、脂肪の組成も変わった[3p385]

 人間は岩を食べられないが、岩を食べたものを食べることはできる。微量ミネラルは体内で決定的な機能を果たしている。例えば、赤血球が酸素を運ぶヘモグロビンを作るには鉄が必要だし、味覚や聴覚や免疫系が健全に働き、傷を治癒するには、亜鉛が欠かせない[3p37]。ミネラルは酵素の原料にもなっている[3p38]。だから、もし、作物に含まれる鉄が少なくなればその作物を食べる人間にも影響する[3p37]

 2005年にニューヨークの食料品店のホウレンソウやニンジンに含まれるフェノール含有量を調べた研究がある。オハラ農場とカイザー農場のホウレンソウのそれを比較すると、フェノールが4倍、ニンジンは60〜70%も多かった。土壌の健康はとりわけ、ファイトケミカル量に関係している[3p151]

 菜園の有機物含有量が1%から10%に増えたので、モントゴメリー・アン夫妻はケールの栄養成分を調べてみた。カルシウム、亜鉛、葉酸(ビタミンB9)が慣行栽培よりも遥かに多く、ファイトケミカルのスルホラファンも31ppm含まれていた[3p127]

 品種改良もファイトケミカルを減らす。米も白さを求めカルテノイドを失った[3p353]。苦味物質の味や香りも健康のための食指針なのだが、ファイトケミカルはその苦味のために、健康にとって有害だと長く考えられてきた。品種改良や苦味を除去することで食品産業は苦味成分を徹底的に取り除いてきた[3p185]。もっぱら口あたりがよい食事を作ることに力を入れて、うかつにも作物の内部の働きを阻害することで、身体の防御力を損なってしまったのだ[3p186]

 オハイオ州立大学の研究者がフライドポテトを食べて、素材が有機か慣行かを判断するという面白い実験している。皮を向いたジャガイモでは違いがわからなかったが、皮が付いていると被験者はちゃんと違いを知覚できた。有機ジャガイモの皮にはカリウム、マグネシウム、硫黄、リン、銅が多く含まれていた。つまり味は皮にあるのだ。別の研究から、ビタミンCの含有量は味に栄養せず、渋みや苦味はフェノール類の含有量が関係することがわかっている。つまり、ファイトケミカルとミネラルは味に影響するのだ[3p153]

 土壌、作物、家畜、ヒトの健康はつながっている。健康な土壌が健康で栄養豊富な作物、牧草、家畜を生み出し、それがひいてはヒトの健康を支えている[p385]

 病原体説がパラダイムとなったため、医学と農学は微生物との共生関係に目を向けなくなり、農地や身体は殺菌された[3p386]。土壌を癒すことと人間が本来持つ病気への抵抗力をよみがえらせることは、せんじ詰めれば、同じ基礎、すなわち、健康な土壌の上に立つ。農業政策は医療政策なのだ。農業と栄養学の統一理論が必要なのだ[3p395]

【画像】
ディビット・ジョンソン准教授の画像はこのサイトより
クリスティン・ニコルズ博士の画像はこのサイトより
イブ・バルフォアの画像はこのサイトより
サラ・ライト博士の画像はこのサイトより
ポール・カイザーとエリザベス夫妻の画像はこのサイトより
アルバート・ハワード卿の画像はこのサイトより
ブライアン・オハラの画像はこのサイトより
モントゴメリー・アン夫妻の画像はこのサイトより

【文献
[1] デイビッド・モントゴメリー/アン・ビクレー『土と内蔵』(2016)築地書館
[2] デイビッド・モントゴメリー『土・牛・微生物』(2018)築地書館
[3] デイビッド・モントゴメリー/アン・ビクレー『土と脂』(2024)築地書館
posted by fidel at 13:38| Comment(0) | 有機農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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