2019年07月03日

たった3.5%の人の意識が変われば、流血をせずとも社会革命は起こせる

暴力的な運動よりも非暴力的な抵抗運動の方の成功率が2倍も高い

 1986年。何百万ものフィリピン人たちが、「エドゥサ革命」で平和的な抗議と祈りをもってマニラをデモ行進した。マルコス政権はその4日目に瓦解した。2003年にジョージアの人たちは血を流さない「バラ革命」によって追い出した。そこでは、抗議者たちは手に花をもって議会のビルを襲撃した。

 2009年の始め、抵抗の平和的な運動のおかげで、スーダンとアルジェリアの大統領は、彼らが在職数十年の後、退くと発表した。いずれの場合でも、市民の庶民たちの抵抗がラディカルな変化を成し遂げて、政治的なエリートに打ち勝っている。

Erica-chenoweth.jpg もちろん、非暴力的な戦略が使われるための多くの倫理的な理由はある。けれども、ハーバード大学の政治学者、エリカ・チェノウェス(1980年〜)教授による有無を言わさぬ研究は、市民的不服従が道徳的な選択だけではないことを確認する。それは、世界の政治を形づくる最もパワフルなやり方でもある。

 過去の世紀の何百もの運動を目にして、非暴力的な運動が暴力的な運動の2倍も目標を達成していることをチェノウェス教授は見出す。正確なダイナミックは多くの要因に依拠するとはいえ、約3.5%の住民が活発に抗議に参加すれば重大な政治変革が確実になることを彼女は示している。

 最近の「エクスティンクション・レべリオン」の抗議にもチェノウェス教授の影響が見いだせる。運動の創設者は、彼らが直接的に彼女の研究結果にインスパイアされたと語っている。彼女はこうした結論にどのようにして達したのであろうか。

1900年以降の323もの社会運動からエビデンスを見出す

 言うまでもないことだが、チェノウェス教授の研究は、歴史を通じた多くの有力な人物の哲学を基にしている。アフリカ系アメリカ人の廃止論者のソジャーナ・トゥルース(1797〜1883年)、選挙権運動家のスーザンBアンソニー(1820〜1906年)、インドの独立活動家マハトマ・ガンディー(1869〜1948年)、米国の市民権運動家マーティン・ルーサー・キング(1929〜1968年)。全員が平和的な抗議の持つ力を認め、それを支持していた。

 とはいえ、チェノウェス教授教授は、2000年の中頃に最初に研究に着手したときには、ほとんどの状況において武装的な対立よりも非暴力的な行動の方が強力でありえるとの考え方には、むしろ冷笑的であったと自ら認めている。コロラド大学の博士の学生として、ワシントンD.C.に拠点を置くNPO、国際非暴力対立センターが組織したアカデミックなワークショップに出席するように依頼されて、彼女はテロリズムの高まりに寄与する要因を研究することに数年を費やした。このワークショップは、例えば、フィリピンでの「エドゥサ革命」を含めて、持続する政治的な変革をもたらす平和的な抗議の説得力のある数多くの事例をプレゼンしていた。

 けれども、非暴力的な抗議と暴力的な抗議の成功率を誰も包括的に比較してこなかった。そのことを知って、チェノウェス教授教授は驚いた。おそらく、ケーススタディは、ただ何らかの確証バイアスを介して選ばれていた。

「非暴力的な抵抗が大きな変化を社会において成し遂げる効果的な方法であることへの懐疑論によって、私は本当に動機づけられました」と彼女は言う。

Maria-StephanS.jpg ICNCの研究者、マリア・シュテファンとともに、チェノウェス教授は、1900~2006年にかけての市民の抵抗や社会運動の広範な文献のレビューを実施した。その後、この分野での他の専門家とこのデータは補強された。彼らは、主に政権交代をもたらす試みを考慮してみた。もし、運動のピークの1年以内に、かつ、その活動の直接的な結果として目標が完全に達成されれば、その運動は成功したとみなした。例えば、外国からの軍事的な介入によって生じた政権交代は成功とはみなさない。一方、運動が爆破、誘拐、インフラ破壊を含む、あるいは、人々や資産に対するそれ以外のいかなる身体的な被害も伴うのであれば、その運動は暴力的な運動とみなした。

「私たちは戦略として、非暴力的な抵抗にかなりハードなテストを適用しようとしたのです」

 そうチェノウェス教授は言う。

 この基準はかなり厳しい。このため、チェノウェス教授とシュテファンの分析では、インドの独立運動は、非暴力的な抗議のエビデンスとしては見なされなかった。というのは、抗議そのものが巨大な影響があったとしても、英国の軍事資源の減少が決定的な要因と考えられたからである。

 このプロセスを経て、彼らは323もの暴力的な運動と非暴力的な運動からデータを収集した。その結果は、著作「なぜ市民の抵抗は機能するのか:非暴力的な闘争の戦略的な論理(Why Civil Resistance Works: The Strategic Logic of Nonviolent Conflict)」で発表された。

国民の3.5%が支持すれば社会は変わる

 全体からすれば、非暴力的な運動は、暴力的な運動の倍も成功しそうであった。暴力的な抗議の26%に比べて、非暴力的な抗議は53%の率で時の政治を改革することにつながっていた。

 この一部は、数の強さの結果であった。非暴力的な運動が成功するのは、おそらく幅広い国民から、より多くの参加者を呼び込むことができるからだ、とチェノウェス教授は主張する。そして、それは、通常の都市生活や社会機能を麻痺させるひどい混乱を引き起こすことができる。

 事実、彼らが研究した25の大きな運動のうち、20は非暴力的なもので、うち、14はどうみても成功であった。全体として、非暴力的な運動は、平均して暴力的な運動(5万人)の約4倍多くの参加者(20万人)を引きつけていた。

 例えば、フィリピンでマルコス政権に反対した「エドゥサ革命」はピークでは200万人の参加者を引きつけたが、1984年と1985年のブラジルの反乱(Brazilian uprising)は100万を引きつけ、1989年のチェコスロバキアでのビロード革命は50万人の参加者を引きつけた。

 100万人もの支持者を引きつけた「エドゥサ革命」のデモンストレーションによって、フィリピンではマルコス政権が交代した。

「当局や支配者にとって本当に深刻な挑戦や脅威をもたらすことができるやり方でパワーを構築するためには本当に数が大切です」と、チェノウェス教授は言う。そして、非暴力的な抗議は、広範囲に及ぶ支持を得る最高のやり方であるように思える。一旦、全集団の約3.5%が活発に参加し始めれば、成功は避け難いように思える。

「ピーク時に3.5%の参加を達成した後は、どの運動も失敗していません」と、チェノウェス教授は言う。これは、彼女が「3.5%の法則」と呼ぶ現象である。エドゥサ革命はさておき、1980年代後期のエストニアで起きた「歌う革命」、2003年前半のジョージアでの「バラ革命」にのいてもすべて3.5%の閾値に達していた。

誰も流血はお嫌い〜友達が群集の中にいれば当局も攻撃できない

 チェノウェス教授は、その結果に最初はまず自分が驚かされたことを認める。けれども、今は、彼女は非暴力的な抗議が高い支持を得られる多くの理由をあげている。おそらく、最も明らかなことは、暴力的な抗議では、必然的に流血を嫌って恐れる人たちが除外されるのだが、平和的な抗議者は高いモラルを維持することである。

 チェノウェス教授は、非暴力的な抗議が参加への物理的な障壁(physical barriers)が低いことも指摘する。暴力的な運動は肉体的にもそれに適した若者にもたれがちだが、ストライキに従事するためには、別に壮健で健康である必要はない。もちろん、1989年の天安門広場における中国当局の反応を考えていただければわかるように、非暴力的な抗議にも深刻なリスクはともなう。けれども、非暴力的な運動は、たいがいはオープンに当局と議論することがよりたやすいとチェノウェス教授は主張する。これは、この出来事のニュースが幅広い観衆にも達することを意味する。一方、暴力的な運動は、武器の供給が必要なため、秘密主義の地下活動に依存しがちであり、それは、一般国民に達するうえで苦労するかもしれない。

 非暴力的な運動は、国民全体で幅広く支持を得ることによって、警察や軍関係者のなかにすら支持を得られる。それは、政府が秩序を維持するためにまさに頼り切っている集団ではないか。

 何百万人もの平和的な路上での抗議活動があるとき、治安部隊のメンバーは、自分の親族や友人がその群衆の中にいることを恐れる。これは、彼らが運動を締め付けられないことを意味する。

「あるいは、運動にかかわる人たちのあまりの多さを目にすれば、彼らはまさに船が出航したとの結論に達するかもしれません。そして、彼らも船から降ろされたくはないのです」そう、チェノウェス教授は言う。

 用いられる戦略に関していえば、「ゼネストが、最強ではないとしても、おそらく、非暴力的な抵抗で最も強力なやり方のひとつといえましょう」と、チェノウェス教授は言う。ストでは各個人がコストを出すことになるが、それ以外の抗議の形は完全に匿名でありえる。彼女はアパルトヘイト時代の南アフリカにおける消費者のボイコットを指摘する。多くの黒人市民が白人のオーナーがいる会社から製品を買うことを拒否した。その結果、1990年代初期にアパルトヘイトが終わるまでの白人のエリートたちの間では経済危機が起こることになった。

「武装活動と比べて、その数がとりわけ増え、かつ、身体的な危険性にも人々をさらさない。そんな魅力的で非暴力的な抵抗のための多くの選択肢があります」と、チェノウェス教授は言う。「そして、非暴力的な抵抗のテクニックはより目に見えます。そのため、どうすれば直接参加ができるのか。最大の混乱のために自分たちの活動をどう調整するのかを人々が見出すことがより簡単なのです」

運動が分裂すれば3.5%の閾値を超えていても社会は変わらない

 もちろん、これらはとても一般的なパターンである。暴力的な運動の倍の成功率があるとはいえ、平和的な抵抗も運動もいまだに47%では失敗している。チェノウェス教授とシュテファンが彼らの著作で指摘するように、そのわけは、たとえ、彼らが抑制に直面しても反発力を維持し、かつ、敵の権力母体を侵食していくだけの十分な支持や運動をまだ本当に獲得していないからである。

 けれども、いくつかの比較的大規模な非暴力的な抗議も失敗している。例えば1950年代の東ドイツにおける共産党に対する抗議では、そのピークに人口の約2%、40万人がひきつけたが、変化をもたらすことに失敗した。

 チェノウェス教授のデータからすると、非暴力的な抗議が活発なかかわりの3.5%という敷居点を達成すれば成功は保証されるように思える。そして、そのレベルの支持をさらにあげることは、並々ならぬ妙技だ。

イギリスでは、活発な運動に従事する数は230万人に達している(英国で2番目に大きな都市バーミンガムの約2倍の規模)、米国では、1100万人の 市民がかかわる。それは、ニューヨーク市の全人口よりも多い。

 チェノウェス教授とシュテファンの初期の研究は2011年に最初に発表され、彼らの調査結果はその後、多くの関心を呼んだ。

「彼らがこの研究にどれほど影響したのかは誇張しすぎてしすぎることはありません」

matthew-chandler.jpg インディアナのノートルダム大学で市民の抵抗を研究するマシュー・チャンドラーは言う。

 コペンハーゲン大学で国際紛争を研究するイザベル・ブラムセン博士もチェノウェス教授とシュテファンの結果に同意する。

「非暴力的なアプローチが暴力的なそれよりもとても成功しそうであることは、いまやフィールド内で確立された真実です」と、彼女は言う。

 「3.5%の規則」に関していえば、3.5%がたとえ小さなマイノリティであったとしても、活発に参加する人たちがそうしたレベルでいることは、さらに多くの人々たちがその原因に対して暗に同意していることをおそらく意味している、と彼女は指摘する。

 こうした研究者たちは、いま、ある運動がなぜ成功し、ある運動がなぜ失敗につながるのか。その要因をさらに解き明かそうとしている。例えば、ブラムセン博士とチャンドラーはいずれもデモ参加者の間で統一の重要性を強調する。

Isabel-Bramsen.jpg 例えば、ブラムセン博士は2011年の「バーレーンでの反乱」の失敗を指摘する。この運動は最初こそ多くの抗議者たちを引き寄せた。けれども、急速に競合する派閥に分裂した。結果として団結(cohesion)が失われ、最終的には、運動が変化をもたらすために十分な勢いを獲得することができなかったとブラムセン博士は考える。

 チェノウェス教授の関心は、最近は祖国、米国での抗議に重点をおいている。ブラック・ライヴズ・マターや2017年のウーマンズ・マーチである。

 彼女は、最近、スウェーデンの活動家のグレタ・ツュンベリーの参加によって大衆化した、エクスティンクション・レべリオン(Extinction Rebellion)にも興味を持っている。「彼らは、多くの惰性(inertia)に対峙しています。ですが、彼らは、信じられないほど思慮深く、かつ、戦略的なコアを持っていると、私は考えます。彼らは、非暴力的な抵抗が運動を介して、いかにして、発展させ教えるのかについてのすべての正しい本能を持っているように見えます」

 最終的に、戦争に重点をおくよりも、むしろ非暴力的な運動により大きな注意を払うための歴史書を彼女は望んでいる。

「私たちが互いに語り合う歴史の多くは暴力に重点がおかれています。たとえ、それが完全に失敗だとしても、その中で勝利を見つけるためのやり方をまだ見出せます」と彼女は言う。にもかかわらず、平和的な抗議の成功を無視する傾向があると彼女は言う。

「平凡な人々だっていつもかなりの英雄的な活動に従事しているのです。それが実際には、世界のあり方を変えているのです」

編集後記

 3.5%で社会が変わる。この驚くべき情報を耳にしたのは、縮小社会研究会においてである。ハーバード大学の先生が言い出している。そのことは会場で耳にしたが、誰なのかもわからない。そこで、エクスティンクション・レべリオンで検索をしてみるとすぐにヒットした。こうした情報が流れていないだけでもやはり日本は遅れていると思ったりした。

【用語】
エドゥサ革命(フィリピンでは「ピープルパワー革命(People Power movement)」
バラ革命(Rose Revolution)
運動(campaigns)
エクスティンクション・レべリオン(Extinction Rebellion)
コロラド大学(University of Colorado)
国際非暴力対立センター(ICNC= International Center of Nonviolent Conflict)
確証バイアスconfirmation bias
ブラジルの反乱(Brazilian uprising)
ビロード革命(Velvet Revolution)
歌う革命(Singing Revolution)
ノートルダム大学(University of Notre Dame)
バーレーン反乱(uprising in Bahrain)
ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter、通称「BLM」)「黒人の命も大切だ」と言った意味。アフリカ系アメリカ人のコミュニティが発足者となり、黒人に対する暴力や形式的な人種差別の撤廃を訴えるもの
ウーマンズ・マーチ(Women’s March)

【人名】
エドゥアルド・シェワルナゼ(Eduard Shevardnadze)
エリカ・チェノウェス(Erica Chenoweth)教授の画像はこのサイトより
ソジャーナ・トゥルース(Sojourner Truth)
スーザン・B・アンソニー(Susan B Anthony)
マハトマ・ガンジー(Mahatma Gandhi)
マーティン・ルーサー・キング(Martin Luther King)
マリア・シュテファン(Maria Stephan)博士の画像はこのサイトより
マシュー・チャンドラー(Matthew Chandler)氏の画像はこのサイトより
イザベル・ブラムセン(Isabel Bramsen)博士の画像はこのサイトより
グレタ・ツュンベリー(Greta Thunberg)さんの画像はこのサイトより

【引用文献】
1) David Robson, The '3.5% rule': How a small minority can change the world, Future Now, 14 May 2019.
posted by fidel at 06:55| Comment(0) | 気候変動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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